花 時々 雨

三木組長からは、何故か真っ白い花の香りがした。

俺に圧し掛かる三木組長に無理矢理され続ける口付けから顔を背けて、離れて下さいとか近寄らないで下さいとか、思い付く限りのことを言ってみたけれど組長が俺から離れる気配は微塵も無くて、段々怖くなって自分の声が涙交じりになっているのに気付いて情けなくなった。
不意に組長が問い掛けてくる。

「本気で離れて欲しいと思ってんのかよ?」
「……はい」
「なら何でお前は俺の背中に腕を回してんだ?」

苦笑と共に吐き出されたその台詞に、結局涙が堪えられなかった。
そうなんだ、分かってるんだ、口付けをしてきたのは確かに三木組長の方だったけれど、してくるように仕向けたのも、した後に逃げられないよう三木組長の着物を掴んでいたのも俺で、じゃあ何で今俺が泣いてるのかと言うと、

「他の人にばかり、優しくしないで下さい……」

普段の発言は荒っぽくて、ともすれば隊内で喧嘩の種をまき散らしてばかりいる三木組長が、この日は何故か俺以外の人達に優しく接していたから寂しくなってしまったんだ。
これまで俺にしか見せたことの無かった笑顔まで振り撒いていたし、そうなるともう、三木組長にとって俺は何の価値も無いと言われてるみたいで胸が痛くなったし、今も変わらずに痛いままだ。

組長のことだから、「優しくなんかしてねぇよ」と言うとばかり思っていたのに、予想に反して「悪かったな」なんて素直に謝られてしまって、俺はもう何を言えば良いのか分からなくなる。
だって、普通に考えれば三木組長が隊士達を気遣うのは良いことなんだから。

「嘘……です。優しくして良いんです、良いんですけど、だけど」

だけど二人になった時くらい俺にも優しくして下さいと、泣いた所為でか細くなった声で言う俺に、武士がどうとか言ってるくせに情けねぇなお前、と笑った三木組長は

「お前が居るとお前しか目に入んねぇから、わざと無視したんだよ、ばか」

なんて、殺し文句を簡単に言ってのけるから、もう心臓が煩くてどうしようもない。
離れて欲しいと言ってしまったけれど、やっぱりもっと口付けて欲しい。
だけども涙で汚れた俺に、そんなことを頼む権利なんてあるのだろうか。こんな顔で頼むなんて、失礼かもしれない。

「くみ、ちょ……」
「おい、二人の時に組長呼びは止めろよ」
「……三木、さん」
「何だよ」
「あの、俺、も……三木さんのことばかり、見て、しまって……その……」

あれ、俺は今何を言おうとしてたんだっけ。
思わず彼の名を呼んでしまったけれど、感情が定まらなくて言葉が纏まらない。

「知ってるよ」
「え?」
「お前が見てるから、わざと他の奴等に優しくしてたんだからよ」

お前の居ない所じゃ別にしてねぇよ、と彼が掠れた声で俺に耳打ちをする。背筋がぞくりとした。
小さく震えた俺の鼻先を、また花の香りが掠めた気がした。

「ほら、こっち向けよ」

組長の指先が俺の顎を掬い、香りは消えた。気の所為だったのかもしれない。
上向かされた先に、三木さんの唇。落とされたその熱は俺の不安を融かすのに、このままめちゃくちゃにされたいという劣情をも呼び起こすから、やっぱり言葉が纏まらなくて、あぁだけど三木さんの舌が俺の言葉を奪うから、結局何も言えなかったに違いない。

夢中で応える俺の舌だけが、饒舌に続きを求めている。
互いの息が混じり合い、むせるような白い香りが俺を包む。
そして気付いた。あぁこれは花の匂いじゃない、三木さんの匂いだ。三木さんの、俺を想う純粋な香りだ。

ならば俺からも匂い立っているのだろうか。
三木さんの態度一つで、涙雨が降る程に清廉な俺の心が、彼にも伝わっているだろうか。

不意に離れた唇。唇の代わりにこつんと合わせられた額。目蓋を伏せた三木さんが、楽しそうに笑って告げる。
何かお前から花の匂いがするな、と。

2016.04.12
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