04
 そこまではっきり言って、漸く相馬は驚いていた。

「ど、どうして……俺は、男ですよ?」
「知ってるよ」
「だって、組長は男に興味無いって言って……」
「男には興味ねぇけど、お前ならいけそうだと思っただけだ。嫌なら女を攫って来るか? それならお前には手を出さないでいてやるよ」
「それは、出来ません」
「なら大人しくしてろ」

 相馬はまた素直にはいと言って、静かになった。面白ぇなこいつ、まるで玩具だ。

「えーと、男同士ってのは確かここを使うんだったよな?」

 言いながら、相馬の着物の上からそこを指で撫でる。相馬は驚いて小さく声を上げていたが、無視して着物を脱がせていった。下帯も全て解いて晒された身体は間違い無く男のものなのに、やっぱり俺の興奮は収まらない。とはいえ、女相手のような気持ちになる訳でもなかった。

「あー、俺は無理だな。お前のとか舐めらんねぇわ、流石に気持ち悪い」
「……」
「お前、よく俺の舐められたなぁ。嫌じゃなかったのかよ?」
「……嫌だとは、思ってません」

 その言葉に、そうかとだけ短く答えて相馬の身体に触れてみた。柔らかくは無いが、触り心地は良い。胸に触れるとびくりと震える。それが面白くて何度も弄っていると、突起が現れたから好奇心で舐めてみた。あっ……、と小さく相馬が喘ぐ。

「何だ、気持ち良いのか?」

 相馬はどう返事をしたものか迷っているようで、何も答えなかった。
 まぁ別にどうだっていいか、目的は相馬と睦まじくする事じゃないのだから。膨らみの無い胸から離れ、俺は相馬の下肢へと視線を移す。

「足、開けよ」

 俺の言葉に流石に躊躇いを見せつつも、相馬は素直に足を開いた。だが、いつもなら真っ直ぐに向けられるその目は閉じられている。
 気にせず触れた秘所も固く閉ざされていたが、幾度か指先で弄っていると徐々に解れてきた。
 ――結局この日は、指を二本挿れるまでが限界だった。余りにきつくて、俺のものなんて挿れられそうになかったからだ。

「明日は、指だけじゃ終わらせねぇからな」

 着物を着直している相馬に言葉を投げると、小さく頷かれた。
 そして感じる、小さな違和感。
 こいつは武士の生まれで、恐らく衆道という訳でもないのに、何だこの聞き分けの良さは? 何かがおかしい。だが抵抗されても面倒だ、こいつが大人しく言う事を聞いてる分には別に良いじゃないか。

 そう思って、それ以上は考えないようにした。それに漸く気晴らしが出来た。明日はこいつが来るのが楽しみだ。この夜、やっと俺はぐっすりと眠ることが出来たのだった。


 けれど楽しみにしていた次の日は、最悪の一日となる。
 人だった頃の習慣で、どうしても昼には目が覚めてしまう。覚めたところで何も出来ないのに、それでも自分が人じゃなくなったなんて信じたくなくて、俺は無理矢理起き上がる。

 そこまではいつも通りだったが、何故かこの日は猛烈な「渇き」があった。
 日の光が辛いのに、這うようにして裏庭まで出て行き、必死に井戸水を汲み上げて浴びるように飲んだ。しかしそれでも、渇きが癒えてくれない。
 いや、分かっている。俺が欲しいのは水じゃないんだ。そうだ、俺が欲しいものは――

 夜になり、相馬が来る。顔を出した相馬に、俺は勢い良く抱き着いていた。驚いた相馬が持って来た食事を落としてしまったけれど、そんなことはどうでもいい。だって、俺が欲しいのは飯じゃない。


――血だ。


 この瞬間の俺の意識は曖昧だった。抱き着いた相馬の首筋に、思い切り歯を立てていたようだがよく覚えていない。相馬が何か叫んだ気がするけれど、口内に広がる血の美味さに気にも留めなかった。

 あぁこれだ。
 俺が欲しかったのはこれなんだ。

 一瞬で渇きが癒えた。
 美味い。
 こんな美味いもの、これまで口にしたことなんて無かった――

 少しして、我に返る。自分の口から滴る血と、その味に吐き気がした。相馬を突き飛ばして、俺は今飲んだ血を吐き出そうとしたが、出てくるのは咳だけで血は既に俺の中に吸収されてしまったようだった。


怖い……


 とうとう俺は、人ではなくなってしまった。
 血を欲していない、それだけが俺を支える唯一の救いだったのに。

「三木組長……」
「うるせぇ、近寄るんじゃねぇ! また血を吸っちまうぞ!」
「組長」
「組長って呼ぶんじゃねぇよ、もう、俺は人じゃないだろ……もう、新選組になんて戻れねぇだろ……」

 もう終わりだ、兄貴に顔向け出来ない。兄貴は潔癖なんだ、俺が人の血を吸ったなんて知ったらきっと……それだけじゃねぇ、俺はいつまで正気でいられる? さっきの俺は、間違いなく相馬の血を美味いと思っていた。血を吸うのにさえ、躊躇いが無かったのだ。
 今回は直ぐに意識が戻ったけれど、次は? 次もまた、俺の意識は直ぐに戻るのだろうか。
 分からなくて、怖い。怖い、怖い、嫌だ、怖い――――

「三木組長……」
「組長って呼ぶなっつってんだろ! 俺は、新選組には戻らねぇ、戻れねぇ……っ、だからもう、組長じゃねぇよ!」

 恐怖と悔しさとで、俺の声に涙が混じる。みっともなくても、どうしようもない。それでも相馬が、俺を呼び続ける。

「三木……さん」
「……何だよ」
「あの……」

 呼び掛けておいて、相馬が言葉を濁す様に怒りが湧く。こんなことになったのは、全部こいつの所為なのに、何でそのお前は人間のままなんだ!

「お前、この薬は人間より強くなるって言ったよなぁ?」
「言いました」
「嘘吐きやがって……どこが強くなってるんだよ!」
「三木さんは、強いです」
「ふざけんな! お前の血を吸った時、俺には理性なんて無かった、血を吸う事しか考えられなかったんだ! こんな、人じゃ有り得ねぇ欲求に理性が負けちまうってのに、どこが強くなってるんだよ! 人でいた時より、よっぽど弱くなってるじゃねぇか!」
「三木さんは、負けてなんかいません」
「負けただろ、お前の血を……俺は、飲んだじゃねぇか……」

 言いながら、改めて自分の行為に恐怖した。俺は、相馬の血を飲んだんだ。

「大丈夫です」

 けれど相馬は、はっきりとそう答えた。何が大丈夫なんだよ!? 吐き捨てるように言った俺に、相馬の凛とした声が返ってくる。

「俺は、三木さんが血を吸いたがっていないことを知っています。人であると分かっています。いまだって、こうして悔やんでるのを見ています。人でなくなっていたら、悩んだりしません」

 だから、三木さんは人間ですよと相馬が言う。その迷いの無い声が、少しだけ俺を安心させる。

「相馬……」

 名を呼びながら、思わず俺は相馬に縋った。

「もう一回言えよ……」
「え、何をですか?」
「俺は、人間なんだって……もう一回言えよ」

 俺の言葉に、相馬が優しい声で三木さんは人のままです、何も変わっていませんよと言って微笑んだ。
 もう一回言え、もう一度言えよと、その後何回も何回も同じことを言わせたが、相馬はそのたびにはっきりとした声で言い続けていた。

「俺は人間だ、俺は人間なんだ……」

 俺自身がそう呟いても、相馬は「そうです、三木さんは人間ですよ」と飽きもせず宥めてくる。何度言われても怖かった。血を吸った事実は変えられないからだ。
 だけど、俺は人間なのだと言われないと安心出来ない。今度は血を吸うためではなく、相馬に抱き着いた。耳元で囁かれる「三木さんは人間ですよ」と言う相馬の声に、そうだよなと何度も頷く。

 いつしか震え始めていた俺の頭を、相馬がそっと撫でていた。相馬に縋る俺の身体を、相馬が静かに抱き締めている。この夜は、相馬の声だけが世界の全てで、相馬の言葉だけが俺の救いだった。
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