大切なあなたへ送るもの
日中の一番暑い時間帯が過ぎ去ってもまだまだ暑いが、長めの休息を取ったおかげか疲れはあまり感じなかった。影のある道を歩いていたこともある。
途中、遅めの昼食を求めてコンビニに寄った。緑谷はおにぎり三つと唐揚げ、廻は惣菜パンを買って、行儀は悪いが食べながら歩く。
「本当はどこかに寄れたらよかったんだけど。ごめんね、時間押しちゃって。予定の電車より一本遅いのに乗ることになるかも」
「僕は少しくらい遅くなっても平気だよ。カイさんこそ、いくら一人暮らしでも早く帰らなきゃ。家族も心配するだろうし」
「それは言わなきゃバレないから」
「ええ……危ない……」
「ふふ。うちは自分の行動には自分で責任取れって教育なの。私はまあ、二回目だから特に困ることはないし、弟も自由にやってる」
「弟! いたんだ!」
「うん。まだ小学生。ちょっとヤンチャだけどかわいいよ」
へえと相槌を打ちながらおにぎりを頬張る。梅だ。酸っぱさに口をきゅっと窄めると廻がケラケラと笑った。一緒に買った麦茶で流し込んで、今度は米と梅が丁度いいバランスになるよう口に入れる。たまごサンドで頰を膨らませた廻に唐揚げの入ったカップを傾けて勧めると、飲み込んでから「ありがとう」と白い指がひとつ摘んだ。
「緑谷くん兄弟は?」
「いないよ。僕一人っ子なんだ。だから兄弟がいる人の話を聞くと羨ましくて。飯田くんとか蛙吹さんとか」
「それはわかる。……あ、唐揚げおいしい」
「ね」
サクサクの衣をまとった唐揚げは揚げたてと描かれたポップにつられてチーズ味にした。気に入ったのならもうひとつ勧めたが大丈夫と断られ、代わりにたまごサンドの口を付けていない方の端を千切って手渡される。懐かしいコッペパンと具のたまごサラダは王道の味で裏切らないおいしさだった。
そうして食べこぼしがないように気を付けながら食べ歩いていると、廻が「おじさん……住職さんのことだけど」と声を落とす。緑谷は三つめの昆布おにぎりを開封する手を一瞬止め、うんと頷いてゴミとなった包装紙をレジ袋に入れた。
「あの通り結構気にかけてくれてて。元々子供好きなこともあるんだけど。帰りは毎回車で駅まで送ってくれるからそのときに佳乃についても話したりしてね。もちろん前世に関することは触れてないけど、何かは察してるみたい。……って、緑谷くんは気付いてたかな。よく見てるもんね」
過大評価ではと思いながらも事実そう思ったし昆布おにぎりを咀嚼しているので何も言えない。ううんと首を傾げて納得してない風を伝えるが、廻からも笑顔で顔を覗き込まれ敢えなく敗北した。やはり勝てない。おにぎりを飲み込んで口を開く。
「いや、うん……なんとなく。仲も良さそうだったし」
「なるほど。たしかに親より電話の回数は多いかも。あの人思い込み激しいとこあるから巻き込んじゃってごめんね。挨拶もせっかく一回だけにしたのに」
眉を下げる廻にそういうことだったのかと、行きの挨拶を拒まれた理由がわかった。あのパワフルな住職と緑谷の相性を考えて気を遣ってくれたらしい。もしくは同級生に身内を紹介する気恥ずかしさのようなものか。本当に娘みたいだと思いながら「別によかったのに」と苦笑いする。
「住職さんいい人だったし。それよりむしろ僕なんかと誤解させちゃって申し訳ないよ」
「なんかじゃないよ。……おじさんにはクラスメイトって言ったけど、本当は違うからね」
最後の一個となった唐揚げに刺そうとした爪楊枝が地面に落ち、あ、と声が重なる。拾おうと屈むと、なぜか廻も目の前に膝を折ってにこりと笑った。ばっちりと目が合い、寺の玄関のときと同じく緑谷の顔は茹だるが、廻は平素と変わらない。耐性のつく速さが恨めしい。
「私は緑谷くんのこと、大切な人だと思ってるよ」
せめて照れ隠しか、揶揄っているとわかれば返事のひとつもできたのに。まっすぐ向けられる好意にはまだ慣れていなくて、緑谷はあ、う、と意味をなさない音しか発することができなかった。あと単純に近い。指で摘んだ唐揚げを口に入れることで黙秘権を行使する。
しかし返答がなくとも廻の中でこの話題は終わったらしい。アスファルトで汚れた爪楊枝をレジ袋に捨て、家屋の塀の角まで行く。そして「ここだよ」と右を指差すと、照れながら唐揚げを噛む緑谷を急かすように日傘をくるりと回した。
その様子にあたふたしながら麦茶で唐揚げと、照れは無理矢理流して廻を追う。指先の示す先を見て、緑谷は二度三度と瞬きした。
「……ここ?」
「ここ」
廻が示した店はガラス戸の中に様々な雑貨が並んでいた。文房具やインテリア、おもちゃなどが最新からレトロまでごった返しで、どこか懐かしく興味を引かれる。雑貨屋と中古販売店を混ぜたような店だ。
ほんの少し前まで寺や墓地で前世云々の話をしていたからだろうか、急に現実に引き戻されたようでぽかんと口を開けてしまう。廻とも佳乃ともあまり関連づかない。
「とりあえず入ろ」
「う、うん」
不思議に思いながらもゴミの入ったレジ袋の口を縛ってリュックに仕舞い、背中を押されるがまま入店する。蛍光灯で照らされた店内は築年数が経っており、外の明るさに負ける薄暗さだ。ただクーラーの効きが程々なため駅のコンビニほど寒くはなかった。棚は金属製や木製で統一されておらず、その棚にある商品もガラス戸から見た通り様々だ。並びはざっくりと、手前にあるのが最新や流行り物で、奥にいくごとに古くなっているのが商品や箱の見た目でわかる。
「すご……あっこれオールマイトの! 懐かしいなあ〜! 僕まだ持ってるよ!」
「うん、また今度ね。今日は時間ないから」
白い棚に菓子袋の付録だったオールマイトの限定カードを見つけるが、廻に更に背中を押され通り過ぎてしまった。心なしかしゅんとする緑谷を慰めるように両肩に手を乗せ、また押す。
狭い道を縫って進むとレジ前に出た。どうするのかと振り返る緑谷に笑みだけを返し、廻が息を吸う。
「すみませーん! 先日お電話した廻ですけどー!」
数秒して「はーい! ちょっと待ってねー!」と元気な女性の声が奥から聞こえてくる。店主だろうか。
「カイさん、ここは一体……佳乃さんのときからあるとか?」
「んーん、私も佳乃も関係ないよ。この店は超常黎明期にはなかったし、出来たのは最近の方じゃないかな。建物自体は変わってないから内装だけ変えたんだと思う」
「じゃあなんで」
「お礼。緑谷くんに」
隣に並んだ廻がスマホを操作して画面を緑谷に向ける。ネット通販のスクリーンショットだろうそれを、緑谷はよく知っていた。
「オールマイトの等身八分の一スケールフィギュア!! しかも初期の!!」
思わず廻のものだということも忘れてスマホにかじりつく。瞳孔が開いて目が乾くが、そんなことも気にならないほど興奮していた。若干引いた廻がそっとスマホから手を離したことにも気付かない。
「限定版はすぐ完売して多くのファンが持ってるのは通常版だけどこれも初期に販売したものはコスチュームの色指定が間違っていてすぐに販売停止されたから三千体しかないんだ。正しい色指定で販売されてたものは僕も持ってるけどこのフィギュア自体はもう売ってないし限定版ほどではないにしろ通常版初期のものはすごくレアなんだよ!! それがここに!?」
「あはは……さすが詳しいね」
「もちろん!!」
鼻息荒く頷いて画面に視線を戻す。いつか欲しいオールマイトグッズのひとつだ。オタクは欠陥品だってほしい。むしろそれがいい。五百体だけの限定版は高校生の財布では厳しいが、通常版初期は頑張れば買える値段ではある。今までは縁がなくて買えなかったから、まさかここで手に入るとは思わなかった。
握っていたスマホを廻に返しながら、頰が緩むのが止められない。
「うわー、嬉しいなあ。カイさん本当にありがとう。そうだ、お金いくらだった? 今日は返せる分くらいは持ってるから」
「いいよいいよ、お礼だし」
「え? でも……」
一人暮らしのため実家から仕送りはされているだろうが、廻の収入もそう多くはないはずだ。同じく一人暮らしをしている麗日の話を聞いている分には、生活費以外に使う余裕はあまりないイメージがある。
そんな思考もお見通しなのだろう。廻は「本当にいいの」と手を振る。
「……正直ね、前世についてまで話すつもりはなかったんだよ。今まで誰にも言ったことないし、言ったところで信じてもらえないだろうし」
「カイさん……」
「でも今日初めて緑谷くんに話して……泣いちゃったのもあるけど、ちょっとすっきりした。こう、色々がんばろうって前向きになれたから、そのお礼ということで」
ね、と照れ臭そうに頬をかきながら言われれば頷くしかない。これを甘えと捉えていいのかは緑谷に判断がつかないけれど、できるだけ廻の要望は叶えた方がいいとは思っている。まずは廻に頼ってもらえる人になるために。
しかしフィギュアが高価であることに違いはなく、何よりオールマイトグッズとなればお返しをしなければ今度は緑谷の気が済まない。廻は遠慮したが雄英の学食を一週間奢ることで妥協してもらった。
お互い納得したところで、見計らったようにレジ奥の暖簾から「遅れてごめんなさいね〜!」と恰幅のいい女性が現れる。その手には縦長の紙袋があり、途端に緑谷はキラキラと目を輝かせた。
「はいこれ、頼まれてたフィギュアね。そっちの男の子?」
「はい。支払いは私が」
「あらプレゼント? 姉弟、にしては似てないけど」
「ふふ、いえ、友達です。とても良くしてくれたのでお礼をと思って」
「あら、あらあら〜!! よかったわねえ!」
「カードでお願いします。一括で」
レジ台をバンバン叩く女性に廻がにこやかに笑ってカードを手渡す。滅多に動じない精神性は見習うべきところだ。一歩引いた場所に立つ緑谷はまた誤解されたことにぶんぶん首を振ることしかできなかった。しかもテンションの上がった女性にその様子は見えていない。
「ありがとうございましたー!」という声を背後に店から出る。飲食店も並ぶ通りには夏休みを満喫した帰りらしき学生がちらほらいて、通行の邪魔にならないよう歩道の端に寄った。浮き輪を肩に担いだ子供二人が目の前を駆けていく。
「ありがとう、カイさん。こんないいもの貰っちゃって、学食一週間じゃ割に合わないや」
「値引きさせてもらったからそんなに高くないよ。結構安くしてもらったんだから」
「そういえば電話したって言ってたっけ。……ど、どれくらい?」
「んー? そうだねえ」
クレジットカードで払っていたから緑谷は値段を知らない。プレゼントということで女性店員も気を遣ってくれたようで、会計時はレシートで廻とやりとりしていた。
貰い物の値段を聞くことはマナーが良くないと思いつつ気になってしまう。せめてどの程度値引きしたのか聞くと、廻は焦らすよう顎に人差し指を添えて緑谷をちらりと見た。答えを待つ固い表情ににんまりと笑い、そばかすの散る頬を軽く突く。
「……ないしょ!」
——前言撤回。
囁かれた言葉に揶揄われているとわかっても、緑谷は何も言えなかった。
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