わるまであと

 廻に下された停学期間は一ヶ月だった。ヒーロー科除籍、もしくは退学になるかと予想していたため率直な感想を言えばわざわざ復籍させ、ヒーロー科として停学にした相澤の判断は甘いのではと思う。しかし雄英体育祭と職場体験——プロヒーローへのアピール行事に二つも参加できないことは大きなハンデだ。将来ヒーロー活動をするにあたり大切な“先輩”との繋がりを作る機会が減った点で言えば妥当とも言える。更に今後廻の経歴には除籍、停学の文字がついて回るのだから、どこかでクラスメイトとの扱いにも差が出てくるかもしれない。中々いやらしい処分に初めに抱いた感想は撤回した。
 そうして世間が雄英体育祭やヒーロー殺しに注目する中、廻は自宅にて粛々と課題をこなした。もちろんテレビでクラスメイトの活躍は見ていたしヒーロー殺しに関する一連のニュースも知っていたが、何も行動を起こさなかった彼女について特筆すべきことはなく。
 毎日届けられる大量の課題の空欄を埋めては雄英に郵送し、数日おきに訪問する先生方と面会していれば一ヶ月はあっという間に過ぎた。


「皆さんにはご迷惑おかけしてすみませんでした。今日から復帰するので、またカイと呼んでいただければ嬉しいです」

 笑顔は完璧、声色も穏やか。
 個性無断使用及び暴力未遂による停学明けとは思えないほど、教壇に立った廻スイはいつも通りだった。
 相澤はそんな廻を見下ろし、後頭部を掻きながら「まあ、そういうことだ」と唖然とする生徒達に向き直る。復籍どころか停学のことも一切知らせていなかったのだから当然の反応だろう。もうこの教室で会うことはないと思っていた元クラスメイトが突然戻ってきたのだから。

「各自思うところはあるだろうが、それは本人と話し合え。こいつがやらかした事実は確かだが反省はしてる。プロヒーローが代わる代わる面談したんだ、そこは安心していい」
「やだ、私もう何も起こす気ないですよ」
「当たり前だ。次はないと思え」

 鋭い眼光を向けられ「は〜い」と伸びた返事をする。傍らに置いていた荷物を持って自分の席へ向かうと、四方八方から視線が突き刺さった。まあそうだろうなと思いながらも気付かない振りをして椅子を引く。
 そういえば除籍されたにも関わらず廻の席は片付けられていなかった。片付けに思考がいくより先に復籍となったからだ。持ち主がいるのに片すのは非合理的と判断した担任が何も言わないのをいいことに、生徒もそのまま放置した。扱いに困ったという思いもある。また行事で教室を留守にすることも多かったため、今日までこのままだったというわけだ。
 廻としては机と椅子を運び込む手間が省けたのは助かるから構わない。クラスメイトの胸中を思うと申し訳なさはあるけれど、そのフォローは追々させてもらうとする。雄英ヒーロー科の一ヶ月は他人に気を割きながら取り戻せるほど甘くはない。
 しかしクラスメイトとの交流が大切なことも廻は理解している。ひとまず隣席の轟に謝罪とよろしくの意味を込めて頭を下げると、轟は目を丸くさせながらも同じように返してくれた。


 除籍となった理由が理由なだけに再びクラスに馴染めるか案じていたが、一年A組の面々は概ね以前と同じ態度で廻と接した。しばらくの間は質問責めに合い騒がしく過ごしたものの、さすがヒーロー科というべきか、元々の気質が明るく温かなクラスメイト達はヒーロー嫌いを肯定した廻を受け入れた。

「野菜嫌いの農家みたいなもんでしょ?」
「あー、その感覚に近いかも」
「じゃあ問題なし! あっ、でも私らのことは嫌わないでね! 問題起こすのもだめだから!」
「ふふ、起こさないってば」

 ニッと歯を見せながら言った芦戸との会話の効果も大きかったのだろう。まだ少し残っていたわだかまりは徐々に消えていき、一週間もする頃には廻は教室の中に溶け込んだ。


 ——そして時は流れ、梅雨明け。
 その日は空に薄雲が掛かってはいたが快晴で、夏の訪れを予感させる程度に気温は高かった。衣替えをして通気性のいい夏服でも暑いものは暑く、教室の窓は全開にしていた。
 放課後の教室には人が疎らにいる。緑谷は普段麗日や飯田と共に帰るが、日直の日は居残り組に混ざって日誌を書く。居残りといっても合理主義の担任が早く帰れと急かしにくるため遅くまでいる者はいない。長くて一時間。最後まで残っているのは、不在だった間を除けば廻が最多だ。

「カイちゃんは一人暮らしなのね」
「実家が地方だからね〜。夏休み帰るし、今度お土産持ってくるよ」
「楽しみだわ。どんなものがあるのかしら」
「色々あるよ。梅雨ちゃんはご飯系とお菓子ならどっちがいい?」

 一人、また一人と帰っていった教室はひどく静かで、蛙吹と廻の他愛無い会話も自然と耳に入ってくる。日誌を書く緑谷と再提出となった課題と格闘する葉隠の邪魔をしないようにか、小声とまではいかないが音量の抑えられた話し声は耳障りがいい。
 文字でびっしり埋められた日誌を読み返し、不備がないか確認して立ち上がる。すると葉隠が焦ったように「緑谷終わったの!?」と声を掛けてきた。

「うん。今から相澤先生に持っていこうかと……」
「待って、一緒に行こ! 一人だと絶対グチグチ言われるもん!」
「それは甘んじて受け入れるべきよ、透ちゃん」
「やだー! ね、もう終わるから!」
「あはは……うん、待つよ」
「よしっ、あと一分で終わらせる!」

 透明な手でシャーペンを持ち直し、プリントに向き直る葉隠を待つため椅子に腰を戻す。レポートの誤字脱字の訂正をするだけだから時間はそう掛からないだろう。残り一分で終わる訂正の数なのかは知らないけれど、そこは葉隠を信じるとして。
 帰宅準備はできているしスマホでも触っていようかと思っていると、机にころんと色とりどりの飴が置かれた。何度か見たことのあるかわいらしい包装に顔を上げる。

「日誌おつかれ様」
「カイさん」

 にこ、と労るような笑みを送られ、緑谷が礼を言う暇もなく廻は葉隠の元へ向かう。「あと三十秒〜」「カイちゃん焦らせないで!」「邪魔しちゃだめよ」女子三人の会話には割り込めず、緑谷はおずおずと開きっぱなしの口を閉じた。
 以前と比べて廻はクラスメイトと関わるようになったと思う。休み時間に消えることは変わりないが、自分から話しかける姿をよく目にする。長々と会話をするのではなく二、三言だけだから未だ壁は感じるが、その壁が薄くなったような。たまにしか会話しない緑谷だからわかる違いかもしれない。除籍中に行ったというプロヒーローとの面談で何かあったのだろうか。
 すぐに相澤の元へ向かうため飴はポケットの中に入れ、なんとなく手持ち無沙汰になる。下敷きの代わりに日誌で顔を仰ぐと若干ではあるが涼が取れた。

「終わったー!」
「おお、一分だ」
「きっかりね」
「緑谷ごめん! 行こ!」
「あっ、うん!」
「落ち着いて透ちゃん」

 慌ただしく数枚のプリントを手にガタガタと机に椅子に体をぶつけながら立ち上がる葉隠を蛙吹が宥める。緑谷も日誌を持ってドアに向かっていると、スマホの電子音が教室に響いた。初期設定のままなら電話の着信だろう。思わず全員、発信源と思われる方へ顔を向ける。

「ごめん、私……」

 廻が申し訳なさそうに手を挙げた。そしてスマホの画面を見ながら小走りで緑谷の横を通り過ぎて行く。

「……え」
「びっくりしたぁ。電話っていきなり鳴ると心臓がドキドキするよね」
「そうね。誰からかしら」
「彼氏とか!? カイちゃん大人っぽいし!」
「ケロ。それはそうと透ちゃんに緑谷ちゃん、相澤先生に提出に行かなくていいの?」
「そうだった! 緑谷!」
「う、うん」

 空中でプリントが急かすように揺れるのを見て緑谷が我に返る。ドアをくぐり抜けて廻が消えた方向とは逆に進む葉隠を追いながら、先程すれ違った廻の表情を思い出して振り返る。違う階へ行ったらしく、その姿は見当たらない。

(大丈夫かな……)

 あとで様子を伺ってみようと決めて正面に向き直る。相手が誰かはわからないが、少なくとも緑谷にはいい話だとは思えなかった。色んな感情が混ざっていたから絶対とは言い切れないけれど、ひとつだけ確かなことがある。
 ——廻は、今にも泣きそうな顔をしていた。





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