はじめまして、見えないあなた
ドアベルの軽やかな音を聴きながら店の戸を閉める。廻は腕に抱えた小ぶりの花束に一度目を落とすと、ドアノブから手を離した緑谷に「行こうか」と言って片手で日傘を開いた。
「花萎れちゃうから、先にお墓ね」
「……うん」
今日の目的地のひとつ——墓地は緑地公園から徒歩十分の場所にあるらしい。あそこを休憩所に選んだのはショートカットにもなるからと、再出発をする際に廻が教えてくれた。
さて、墓地である。緑谷に墓参りに行く習慣はないが、毎年お盆に母と二人でご先祖さまの墓掃除はする。ほとんど母が主体となって動くため緑谷はその手伝い程度だ。供花も店側が選んだものを母が見栄え良く生け、線香に火をつけて合掌をしたら帰るという大雑把な知識しかない。一応マナーは調べてきたため失礼のないようにはするが、他所の家の墓にお参りするのは少し緊張する。
「お墓参り、お盆じゃなくてよかったの?」
「うん。今の時期ならまだ人少ないから、掃除用具の貸し出しに気遣わなくていいの」
「そっか、そういうのも考えないといけないのか。お母さんに任せっぱなしだったから知らなかったや」
「緑谷くんは一年に一回しかお墓参り行かないんでしょ? 知らなくてもおかしくないよ」
「ううん……」
「ちゃんとお盆にお参りしてるだけ、若い子にしては偉いと思うけどなあ」
手癖なのか、日傘の柄を右へ左へくるくる回しながら廻が言う。それを言うなら花屋で慣れたように供花を自分で選んだ廻は一年に一度という頻度ではないだろう。店主に迷いなく注文する姿は緑谷よりも年上に見えて、なんだか落ち着かなかった。常より大人っぽい廻が本当に大人のようで。幸いにも仕事の早い店主のおかげで早く店からは出られたものの、緑谷はまだどこか胃の辺りが重たい。
「お寺に着いたら私は住職さんに挨拶してくるから、緑谷くんは手桶と柄杓取っておいてくれる? 一つずつで大丈夫だから」
「え、挨拶なら僕も」
「来たことを知らせるだけだからいいよ。帰りにもう一度会うときに二人で行こ」
釈然としないながらも頷き、タオルで汗を拭う。正午を過ぎた太陽は西に傾いてはいるが、その暑さは衰えるどころか更に強くなっている。そういえば昼食を抜いてしまった。用事が全て終わったら軽食を取るのもいいかもしれない。
人気のない道路を軽トラックが走って行く。それを待ってから駆け足で横断すると、やや寂れた寺と、奥の方に墓がずらりといくつも並んでいた。駐車場にはシルバーの車が一台だけで、廻の言う通り参拝者はあまりいないらしい。
寺の門前で廻が振り返り、垣根の角を指差す。
「裏手に一式置いてあるから行けばわかると思う。すぐ行くけどちょっとだけ待っててね」
廻はそう言うとさっさと門を潜ってしまい、その場には緑谷がぽつんと取り残された。今から追いかけるのも迷惑かと追いかけかけた足の方向を変え、生垣に沿って歩き出す。蝉の鳴き声が嫌に耳についた。
どうしたらいい、と廻に尋ねたのは二回目だった。梅雨明けの“あの日”と、ついさっき。対する廻の答えも一回目に聞いたときと同じだった。
——かえりたいの。
なんとか本心を誤魔化そうとする廻の、とてもやわらかいところに触れた自覚はある。少し爪を立てただけで簡単に傷がついて、そして元に戻らなくなってしまうことは緑谷にも容易に想像がついた。わざと傷付けようとしておいて何をと思うが、本当に守らなくてはいけないその人の核というものは、本来きっと触れることすら許されない。
けれど廻はそれを緑谷に許している。
こわい。ヴィランと戦って救けることとは違う。重い荷物を運べないお年寄りの代わりに持ってあげるような明確さもない。廻はただ「かえりたい」だけだ。どこへどう「かえりたい」のかを知りたいのに、傷付けることがこわい緑谷は上手な質問の仕方がわからない。
自分は単純だと廻は言っていた。「かえりたい」で緑谷が連想するのは母のいる家だ。廻は現在実家から離れて一人暮らしをしているというから「帰りたい」でもおかしくはないが、それと墓参りに来ることは結び付かない。道案内をしてくれた限り来慣れた場所ではあるのだろう。実家はこの近辺ではないと言っていたから、親しい誰かに会うために来ていたと考えるのが妥当、ではあるけれど。
「お墓か……」
蛇口の下に手桶を置いて捻る。勢いよく流れる水流の調節をして、背後にある墓を振り返った。墓地といえばホラーをイメージするが、明るい日中であれば穏やかさすら感じる。
この中のどこかに、廻の親しい人が眠っているのだろうか。もし大好きだったというヒーローなら地元のように歩いていたのも納得だ。緑谷もヒーローの追っかけをしているため気持ちはわかる。オールマイトは全国で活動をしていたからネットで情報を集めるしかなかったが、管轄が決まっていれば毎週通っていたに違いない。
「カイさんもそうだったのかな」
「そこのあなた、水が溢れてますよ」
「えっ、うわあ!? すみません!」
手桶から並々と溢れる水に慌てて蛇口を止める。表面張力から垂れた水滴がぽたぽたと落ちるのを見て、もったいないことをしてしまったと項垂れた。
寺の縁側から教えてくれた老婦人に「すみません」と再度謝る。老婦人は口元に手を当て、品よく微笑みながら首を振った。
「ふふ、いいのよ。暑いのによく来たわねえ。麦茶を持ってきたから、どうぞ飲んで」
「ありがとうございます! あ、僕は緑谷といって、今日は付き添いで……」
「ええ、聞いてるわ。カイちゃんのお友達でしょう? 私はここの住職の妻です。ゆっくりしていってね」
コップいっぱいに注がれた麦茶を受け取り、お言葉に甘えて一気に煽る。ごちそうさまです、と返そうとしたが、老婦人の方が素早くコップを茶色で満たした。申し訳なさと気恥ずかしさを感じながらまた礼を言う。今度は少しずつ口を付けることにした。
老婦人に促されるまま縁側に腰掛ける。ちょうど影になっているのと風鈴の涼しげな音が重なって、体感温度が下がったような気がする。目の前に墓があるのも原因だろうか。無機質な石は視覚から冷たさを伝えてくる。
「カイちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてで嬉しいわ。クラスメイトなんですってね」
「はい。あの、カイさんとはよく連絡を取るんですか?」
「主人が気にかけてるの。カイちゃんが小学校の……五年生か六年生くらいの頃かしら。突然来てね、佳乃さんのお墓はどこですかって」
「佳乃さん?」
「ええ。昔お世話になった人らしいわ」
「も、もしかしてその人ヒーローだったとか」
幼い廻を知っているとわかり期待を込めて聞いたが、老婦人は「ごめんなさい、ヒーローには疎くて……」と眉を下げた。ヒーロー名でもないし、ここの墓に入るからといって参拝しているとは限らない。早とちりだったかと思いながら「いえ! 大丈夫です」と胸の前で両手を振った。聞いて教えてくれるかはわからないが、後で廻に聞けばいいことだ。
「ヒーローかはわからないけれど、慕ってはいたと思うわよ。学校の長期休みの度にお参りしてるから」
「そんなに……!」
「この辺りはバスの本数も少ない上にバス停からも遠いから、カイちゃんは歩いて来てねえ。女の子が一人だし、タクシー代くらい出すって言っても聞かなくて……」
頰に手を添えて眉を八の字にする老婦人に相槌を打ちつつ、廻ならそうだろうなと内心苦笑する。今日通って来た、あのあまり人気のない道を小学生の廻が歩いていると思うとタクシー代を出したくなる気持ちはわかるけれど。
それにしても長期休みの度とは。少なくとも年に三回は墓参りに来ているということになるが、以前聞いた廻の実家とこの墓地まではそこそこに遠い。そんなに足繁く通うほど『佳乃さん』は大事な人だったのだろう。他人に壁を作りがちな廻が懐くとはどういった人物なのか、一目会ってみたかった。
「緑谷くん、お待たせ……あれ、おばちゃんここにいたの」
噂をすれば影。生垣から顔を出した廻が目を瞬かせる。老婦人は「カイちゃん、いらっしゃい」と表情を綻ばせた。
「今ちょうどカイちゃんの話をしてたのよ。いつも心配かけて……」
「うん、ごめんね。でも今日は緑谷くんと一緒だったし」
ね、と同意を求められて反射でこくこくと頷く。緑谷はコップを空にすると今度こそ老婦人に「ごちそうさまでした」と言って返した。廻にも、と別のコップを持ってこようとする老婦人を二人で押し留め、手桶と柄杓を持つ。参拝したあとにまた来ることを告げて墓の並ぶ歩道に足を踏み出した。
「随分入れたね?」
「う……ごめん、余所見してて……」
「水はいっぱいあって困ることはないから大丈夫だよ」
持っているだけで水面が跳ねる手桶を覗いて廻がおかしそうに笑う。墓に赴くことに気負っている様子はない。慣れているからと言われればそうだけれど、親しい人だったのだろうに。廻の中で整理はついているのか、足取りは軽い。
墓地は斜面になっており、上から三段目の列に入る。寺を見下ろすと二、三メートル以上の高さにあることがわかり、その更に下には緑地公園の緑がある。駅周辺は栄えていたが、この近辺は高い建物もなく抜けるような青空が広がっている。静かで景色もいいとなれば故人もよく眠れるだろう。
「なんか、本当にいいとこだね」
「ふふ、ありがとう。——ここだよ」
廻が立ち止まる。緑谷は手桶を地面に置いて墓石に刻まれた文字を目で追った。
「……にわ、さん?」
「うん。二輪佳乃さん」
柔らかな声音で告げると、廻はそっと墓石を撫でた。温容な表情を見て、墓に視線を戻す。
ここに、廻を救った人が眠っている。
「よかった、綺麗なままで」
安心したように息を吐く様子に緑谷も肩の力を抜く。二輪家と刻まれた墓石は、両隣と比べると一回り小さい。しかし廻が小まめに参拝している甲斐あって砂埃は被っていないようだった。雑草も少ない。
供花を包む白い包装紙が風で音を立てたことをきっかけに、廻が「さて」と打って変わってにこやかに緑谷に目を向ける。
「まずは掃除からだね。草抜きは前来たときにしたから無しで。緑谷くん、お墓の掃除はしたことある?」
「う、うん。でも詳しいことはあんまり……」
「細かい取り決めはないからすぐ覚えられるよ。とりあえず小物はお願いしていい? ゴミ袋持ってきたから、ゴミはここに入れてね」
「カイさんは?」
「私は雑巾で墓石を拭きます」
そう言うと廻は鞄から取り出した雑巾を指で摘んで手桶の中に落とした。まだ新品の白い布にじわりと染みが広がり水が浸っていく。
サマーカーディガンの袖を肘まで上げて雑巾を絞り、早速作業に入ろうとする廻にぎょっとし、緑谷は慌てて止めた。
「待って待って!? 僕そっちやるよ!」
「え、慣れてるからいいよ。もし汚れても困るような服じゃないし」
「でもそっちの方が大変だし! 高いところも僕なら手が届くから!」
緑谷はクラスの男子の中では小柄な方だが、廻より身長は高い。それにTシャツや運動着ならともかく廻の着ている服は薄緑のブラウスだ。なぜ汚れても大丈夫と言えるのか、ファッションに疎い緑谷にはわからない。女子はたまにこういうところがある。
必死に言い募ると廻は渋々ながらも「じゃあ……」と緑谷に雑巾を渡した。あれ、と目を丸くする。いつもなら口八丁手八丁の強引さで丸め込まれるのに、さすがに身長はどうしようもないからだろうか。意外とあっさりだ。
雑巾を持ったまま固まっていると、緑谷の考えていることを察したのか、廻が物言いたげな顔をした。反射的に謝ろうとしたが、その前に背を向けられる。タイミングを逃してしまった、というより躱されたのか。仕方なく諦めて緑谷も墓石を拭き始めると、地面に敷いたタオルの上に花筒や線香皿を並べていた廻が「緑谷くんはさ」と珍しく決まり悪そうな声を発する。振り返るが、作業は続けたままだ。
「私を女子扱いするよね」
「? だって女の子だし……」
「あはは、まあそうなんだけど。気恥ずかしくて」
「エッ」
あれだけ話を逸らそうとしておいて、と思わず凝視する。
顔が見えないから本当かどうかはわからない。緑谷の方を向かないということは本当なのかもしれないけれど、何回も揶揄われてきた身としては信じ難い。現に本当であれ嘘であれ緑谷の頰は赤くなっているし。
失礼を承知で真偽を確かめるか悩んでいると、花筒を分解する音に紛れて廻が何やら言っている。
「休みの日に誰かと出かけるのすごく久しぶりで、そういうときに男の子に女子扱いされると落ち着かないというか。ほら不可抗力だけど手繋いだりしたじゃない? 今更そういえば女子高校生だったなーって思い出して羞恥心が……緑谷くん? そんなに磨かなくても大丈夫だよ?」
脳裏にきょとんとした顔の廻が浮かんだが、先程とは逆に今度は緑谷が振り返れなかった。ただ雑念を振り切るため、墓石を磨くことに集中する。
廻が本当にわからない。女子だからわからないのか、廻だからわからないのか。間違いなく後者だ。散々意味ありげな言動を取られた緑谷は一体どんな反応をすればいいのか。
しかし返答はなくても構わなかったらしい。緑谷に足元に気を付けるよう言うと、廻も自分の作業を再開した。
小さな墓ということもあり、十分もせずに掃除は終わった。最後に廻が自分で洗った花筒に供花を生けるのを後ろから眺める。
母が生けるときも思うが、どうして綺麗にまとめられるのだろう。緑谷は幼い頃に一度だけ家の花瓶に花を生けたことがあるが、まず花が真っ直ぐに立たないことに心が折れた記憶がある。出久には難しかったね、と慰められ、結局母が生け直したのだったか。幼少期は何かとチャレンジして結果似たようなことがいくつもあったから詳細は覚えていない。
よし、と満足そうに頷いた廻が柄杓で汲んだ水を花筒に流し入れる。水滴のついた花びらが光に反射してキラキラと輝いた。残念ながら緑谷は菊以外の花の名前を知らないが、赤、白、黄、緑、桃など色とりどりでかわいらしい。
「……プレゼントみたいだ」
「ん?」
思わず溢れた呟きを拾った廻が顔を上げる。不思議そうに緑谷を見る様子に「いや、あの」としどろもどろになりつつ、思ったことをそのまま口から出す。
「お墓に供える花って渋いイメージだったから、カイさんの選んだ花はかわいいし、プレゼントにもできそうだなって」
「あー……確かにそうかも。緑谷くんの言う渋いイメージはスーパーとかにある供花のセットじゃないかな。でも季節の花で選んだり亡くなった人が好きだった花を供える人もいるよ。私もそっち派」
「へえー」
鞄の中を漁りながら言われた知識に感嘆する。改めて供花を見ると、やはり緑谷の知る渋い雰囲気とは程遠く明るい。
つまりこの供花は『佳乃さん』の好きだった花ということだ。かわいらしい人だったのだろうか。廻が慕っていたというから男性だと思っていたけれど、名前も『よしの』というし、もしかしたら女性なのかもしれない。
廻が墓石にチョコやオレンジジュースの紙パックなどのお供物を置いていく。案外子供っぽかったのかと目を丸くすると、廻は言い訳するように口を尖らせた。
「大人にだってチョコ好きもいればオレンジジュースを飲む人もいるんだからね」
「僕何も言ってない……」
「でも思ったでしょ」
「あはは……ごめん」
廻はよろしいと茶目っ気に笑うと、ライターで線香に火を灯した。線香皿から細い煙が空へ上っていくのを確認して緑谷の隣に立つ。独特な甘い香りが鼻腔をくすぐり、お供えの終わった墓に二人で静かに手を合わせた。
一般に線香をあげる意味は故人と心を通い合わせることらしい。緑谷は会ったことがないから一方的な挨拶になってしまうが、廻はきっと『佳乃さん』と話しているのだろう。話せるのなら緑谷も話してみたい。ここまで何事もないまま参拝してしまっているから、『佳乃さん』がどうやって廻を救けたのかを知れたら何か足掛かりになるかもしれない。
せめて廻のかえりたい場所がわかれば。
とはいえどんなに語りかけたところで故人は何も語らないけれど。生きている人の記憶の中にはいても、緑谷は『佳乃さん』に会ったことがないのだから縋ったところで意味はない。緑谷自身の力で救けるしかないのだ。
そっと目を開ける。合掌を解いて隣を見ると、ちょうど廻も顔を上げたところだった。肩に力が入っていたらしく、小さな吐息と共に体の強ばりがとけていく。
「……何を話したか、聞いていい?」
思い出に触れていいものか迷って、結局我慢できなかった。廻は二輪家と彫られた辺りを見ながら、どこかぼんやりとしたまま口を開く。
「話というか、報告かな。連れてきたよって」
「連れてきた?」
「緑谷くん。連れてきちゃったから」
全く予想していなかった答えに戸惑う。緑谷は『佳乃さん』はもちろん廻とも然程関わっていない。挨拶はしたけれど、まさか廻からも紹介されるとは思っていなかった。
じわじわと線香が灰になっていく。残りが半分になったところで廻が「片付けよっか」と緑谷に笑いかけた。視点が定まっている。いつもの廻だ。
(——ちがう)
短い間だが見てきたからわかる。廻の笑顔は何種類もあって、彼女はそれを使い分けている。緑谷はたぶん、他の人よりもその種類を多く知っていて見る機会も多かった。だからわかる。
これはいつもの、話を誤魔化そうとする廻だ。
「緑谷くんオレンジジュースいる? 冷やしたら飲めるよ」
「カイさん」
「チョコは私持って帰るね。あちゃー、これ冷やしても食べられるかな……」
「カイさん」
流れるように動いていた口が止まる。廻は手にチョコと紙パックを持ったまま、そっと緑谷を上目で窺った。失態を犯したことを自覚しているのだろう。だからこその誤魔化し。見破られてよかった。
迷子の表情。廻の心の核。本来触れてはならないもの。
しかし触れなければ救えないのなら——緑谷は躊躇しない。
「どうして僕を連れてきたの?」
今廻がみせた隙は偶然だ。参拝直後で気が緩んでいたのか、もしくは『佳乃さん』が緑谷に助け舟を出してくれたのか。どちらにせよ付け入るようで申し訳ないが、触れるなら今だと直感が告げている。
はく、と喘ぐように廻の唇が動く。捉えようによっては緑谷を責めているとも取れる、水分を含んだ瞳がゆらりと揺れた。
「……はは……ね、どうしてだろ」
下手くそに口角を上げて瞼を伏せる。紙パックの一辺が廻の指に押されて凹んだ。墓に視線を投げてから、眉をきゅ、と寄せて緑谷を見る。
「…………だまされてくれない?」
「カイさん、僕はもう」
「これで」
騙されないと言う緑谷を遮り、勢いよく紙パックが差し出される。すっかり温くなっているのだろう、オレンジ色のパッケージは汗もかいていない。受け取らずにいると焦れたように胸の辺りに押し付けられ、さすがに決まりが悪いため手を添えた。
震えている。
慌てて両手で廻の手もまとめて包み込む。指先が冷たい。緊張か恐怖かわからないけれど、大丈夫と伝えたくて、少し強く握った。
「これで、最後だから」
「……逃げない?」
「うん。話すから」
今だけだまされて。
そう懇願されたら、緑谷に凸凹になってしまった紙パックを受け取る以外の選択肢はなかった。
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