数日後、男の子にお礼を言いに祖父と出かけた。祖父曰く昨日男の子と偶然出会い、その場で約束を取り付けたらしい。小さめの菓子折りを持って向かった先は、意外にも海浜公園だった。
 あれ以来海には行っていない。祖父を仰ぎ見ると繋いでいた手に力が込められた。海に視線を戻す。積み重なったゴミで見えにくいが、前よりも穏やかで波音が優しかった。心臓がトクトクと速まる。

「あの……すみません」

 不意に祖父の手が離れた。首を後ろに向けるとあの男の子がいて、隣には男の子に似た女性がいる。母親だろう。祖父に遅れてきたことを謝罪している。こちらも今来たことを伝え、ベンチのある場所へと移動した。


***


「この度はありがとうございました。つまらないものですが……」
「え!? そんな、受け取れません……!」

 祖父は男の子にお礼を言ったあと、私と男の子を放って母親と話し始めた。私を見つけた男の子よりも母親に頭を下げる回数の方が多い。そしてなぜか母親も頭を下げている。不思議な光景だった。

「あ、あの、名前、なんていうの?」

 習慣が違うのだろうか、と生前を思い出していると、男の子が話しかけてきた。どうして名前を聞くだけで顔が強張っているのだろう。私に怒鳴ったときとは別人みたいだった。

「アオ」
「! ぼ、僕は緑谷出久! あの、アオちゃんって呼んでもいい?」
「うん」

 表情が明るくなった。いずくはその場に屈むと、砂に指で『出久』と書いた。「名前の漢字。最近覚えたんだ」と照れ臭そうに笑った。平仮名、片仮名、漢字の存在は祖父から聞いているため知っている。頷いて、私も隣に屈んだ。

「アオちゃんは何歳?」
「六」
「わあ、一緒だ! 僕も六歳! 小学校一緒かなぁ」

 出久は体の強張りを解いて、緑がかった瞳をキラキラさせている。初めの固まり具合は何だったのかと思わせる警戒心のなさと幼さは、初対面のときの船医を連想させた。

「海好きなの?」
「うん」
「やっぱり! でも風が強い日は危ないから、行かない方がいいよ」
「うん」

 先日のことを言っているのだろうと思い、ありがとうと頭を下げる。すると出久は「えっ、いやっ、ううん!?」と変な挙動をして、私が顔を上げると、大きく息を吐いた。表情がころころ変わる子だ。ふ、と口から空気が漏れる。出久はまた顔が強張ったが、力の抜けた笑みを浮かべた。

「あのね、ずっと気になってたんだけど…… アオちゃんの個性ってなに?」
「? こせい……個性?」

 何のことだと出久を見つめる。性格のことにしては言い回しが変だ。そうだとしても質問の意図が掴めない。
 見つめ続けていると、出久も呆けたように私を見返した。そして首を傾げる。「……個性、知らない?」鏡のように私も同じ動きをする。

「え? でも足が消えてた、よね……?」
「うん」
「それは個性じゃ……?」
「あれは悪魔の実の能力」
「? あくまのみ?」
「うん」

 出久は尚も呆けている。悪魔の実を知らないのだろうか。
 そういえば東の海は悪魔の実の認知度が低かった。この島がどの海に存在しているかはまだわからないが、もしかしたら東の海なのかもしれない。
 それなら、と座る向きを調整して保護者達に背を向ける。出久に静かにするようにジェスチャーして、手のひらに意識を集中させた。

「! わぁ……!」

 水滴を大きめにしたから視覚しやすいはずだ。太陽の光を受けた霧の球体を映す出久の瞳がキラキラと輝く。

「すごい、アオちゃんすごいよ……!!」

 言いつけを守るために口は塞いでいるものの、喜んでもらえたことは確かだった。手放しに褒められて悪い気はしない。
 手のひらを少しずつ握りしめていくと、それに伴って霧も圧縮されていき、親指の爪ほどの水滴になる。ぱっと開くと、水滴は重力に従って地面に落ちた。

「きれい……すごいね、いいなぁ」
「内緒、してね」
「うん!」

 生前からのことだが、私は能力をあまり明かしたくない。対策を打たれると厄介だからだ。一般人相手だと能力者というだけで蔑まれることもある。祖父や出久の母親がそうかはわからないが、念には念を入れた方がいいと思うのは、元海賊の性だ。

「今のは水? アオちゃん、水の個性なの?」
「ううん、霧。あと個性じゃない」
「え、でも手から……」

 水が、と出久が言おうとしたとき、背後で保護者達が立ち上がる気配がした。話がまとまったらしい。振り返るとまたお互い頭を下げている。やはり習慣なのだろうか。

「個性のこと、今度教えて」

 帰る、と言って膝を伸ばす。出久は手を右往左往させていたが、やがてピタリと動きを止めるとじわじわと頬を赤らめた。

「こ、公園で待ってる!」

 わかったと頷く。
 祖父と出久の母親は笑っていた。


***


 帰り道、祖父と手を繋いで歩く。行きにあった菓子折りはなくなっていた。
 祖父は「友達ができたんだね」と終始ご機嫌だったが、出久と友達なのかの判断は私にはしかねたため聞こえないフリをした。

「今日の待ち合わせ場所はね、出久君が決めたんだよ」

 思わず肩を震わせた私を祖父が笑う。出久と一緒になら海に行ってもいいと言われたが、どうも決まりが悪く、家に着くまでずっと俯いていた。





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