「あ」

 祖母の朝食を食べながら、夢を忘れようと昨日のことを思い出して、気付いた。待ち合わせの日時を指定していない。
 出久は「公園で待ってる」と言っていた。海浜公園でいいのだろうか。いくら去り際の約束だったとはいえ、詳細をはっきりさせておくべきだった。

「この辺、公園ある?」

 地元のことは地元民に聞いた方がいいと、味噌汁を啜る祖父に尋ねる。出久との口約束は聞こえていたのだろう、祖父は口の中の物を飲み込んでから「あるよ」と目元を和らげた。

「子供達が集まる場所ならいくつか心当たりがあるから、後で一緒に行こうか」
「いい。一人で行く」
「道はわかるかい?」
「地図ほしい」
「そうだね。そうしよう」

 頷いて、箸を持ち直す。祖母の味付けも悪くないが、一流コックの料理が恋しい。


***


 午前十時から近所を歩き回り、三つ目の公園。備え付けの時計は正午を過ぎている。子供達は昼食を食べに家に帰っているのかその公園にいるのは一人だけだった。幸いなことに知った顔、出久だ。

「出久」

 ブランコを揺らす緑のもじゃもじゃに声をかける。顔を上げた出久は緑の瞳を一瞬隠して、破顔した。

「アオちゃん!」
「待ち合わせ、ここであってた?」
「あ、いや……お昼食べたら海浜公園に行こうと思ってた」
「じゃあすれ違いにならなくてよかった」

 ブランコの柵に座って目を細める。出久は何か言いたそうに少しの間唸っていたが、眉を下げて頷いた。
 食べたら、ということは昼食はまだなんだろう。私もまだだが、早めに帰れば祖父が菓子をくれるはずだ。祖母は最近私に興味がないようだから、当てにはしていない。

「個性のこと、おじいちゃんから聞いた?」
「出久に聞くって言った」
「そ、そんなに大したことは答えられないけど……」
「いい。教えて」

 ぶらつかせていた足を止める。聞く姿勢になった私に出久は視線を左右に彷徨わせた。口元が緩んでいるのに、それを必死に抑えようとしている。顔が窮屈そうだ。

「えっと、個性っていうのは身体能力のひとつなんだ。ほとんどの人が持ってて、四歳までに発現するんだよ。超パワーになったり、手のひらから爆発させたり、色々な能力があるんだ」
「うん」
「異形系の個性もあって、羽が生えてる人もいるよ。あ、ギャングオルカ知ってる?」
「ううん」
「シャチの異形系なんだ。最近活躍してるヒーローで敵っぽい見た目だけど、超音波を出して敵を動けなくする『超音波アタック』っていう必殺技が超カッコいいんだ! まだ若いのにサイドキックにすっごい慕われてて、ヒーローランキングの順位も年々上がってるし……はっ!」

 熱の入った説明が不意に止まる。口を手で塞いで「ごごごめんね余計なことまで……!」と真っ青な顔をする出久に近付き、その手を掴んで口を解放した。

「説明ありがとう」

 軽くお辞儀する。握った手からぶわっと汗が噴き出した。言葉よりも雄弁なそれを持ち直し、「質問」と目を合わせる。出久の顔に血が上った。

「その『個性』を持った人達は、みんな泳げる?」
「へ……?」
「生まれつき『個性』を持ってるの?」
「う、うん。そうだよ。泳げる人は普通に泳げるんじゃないかな……?」

 それはつまり、普通の人間と変わらないということ。超人系の能力者みたいだ。しかし海の弱点はない。もし生前にそんな人間が敵にいたら、なんて、想像するだけで冷や汗が出る。
 生前からかなりの時間が経っていることは、技術の進歩から察していた。出久の説明ではほとんどの人が『個性』を持っているという。人間という生物自体が進化したのだろうか。医術や歴史は得意ではないから、わからない。

「アオちゃん?大丈夫?」
「……」

 超人系、動物系の悪魔の実の能力と酷似した『個性』。
 ──自然系は?

「……実体がない人は、いる?」
「じったい?」

 小首を傾げる出久に半歩詰めて、握った手を私の胸元、出久の顔の前に持ってくる。手を霧化させると、出久の手は重力に従って落ちた。

「きえ……っ!!」
「しーっ」

 元に戻した手で出久の口を塞ぐ。静かにするように言うと、小刻みに頷いたため、口を解放して、「いる?」と尋ねる。出久は首と手の両方を横に振った。

「いいいないよ!プロにもいないと思うし、やっぱりすごい個性だ……!!」

 鼻息を荒くする出久に曖昧に頷く。プロがなんのことかは知らないが、この能力が異端なことはわかった。
 出久に口止めをしておいてよかったと、昨日の自分を褒める。念のためもう一度「今の、絶対内緒ね」と釘を刺した。

「え? う、うん、わかった」
「言ったらもう会わない」
「!? 絶対言わない!!」

 勢いに押されるように仰け反る。コクコクと頷くと、出久はまた謝りながら身を引いた。





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