緑谷出久は友達がいない。
 無個性が発覚する前はいたような記憶が朧げにあるが、今は確かにいないと自覚している。齢四歳にして生まれながらの不平等を知った出久は、ヒーローになる夢は諦めていなくても友達を作ることはほぼ諦めていた。
 しかし卒園数ヶ月前、出久はある子供と出会った。霧海アオという名前の女の子だ。二度と経験したくない出会いだった。
 その日、出久は町内のゴミ拾いに参加していた。ゴミを拾うことに夢中で、つい一人海浜公園に行ってしまい、偶然にもそこで波に攫われそうになっているアオを助けた。それがきっかけとなり友達になれたが、アオは少し変わった子だった。

「小学校ってなに?」

 青い目が真っ直ぐに見つめてくる。わからないことを聞いてくるときの癖だと、出久は最近気付いた。

「勉強するところだよ。アオちゃんも四月から通うと思う!」

 アオを出久の家に招いたのはランドセルを見せるためだった。母親に買ってもらった、背負うと少し大人になれる鞄のことを誰かに言いたくて、出久はアオにその存在を話した。珍しく自慢気に話す出久とは対照的に、アオはランドセルのことを知らなかったのだけれど。

(……ううん、ランドセルだけじゃない)

 アオは今までどうやって生きてきたのかと思うほど、出久にとって常識であることを知らない。

 個性ってなに?
 ヒーローってなに?
 ヴィランってなに?

 特にこの三つは何度も聞かれた。その度に出久は知る限りのことを教えてやり、アオは頷いてお礼を言ってきた。海賊や海軍みたいなものか。いつだったか聞こえた台詞は独り言だったのだろう。聞き返したが、アオは首を振って何も言わなかった。


『みかんは摘果が大事なの』

 会うと必ず一回は質問をしてくるアオは、無知なようで意外と物を知っている。出久への質問と「うん」「ううん」以外ほとんど閉ざされている口が動き出す法則は掴めていないが、出久はアオの豆知識が好きだった。

『一本の木に生る実を選ばないといけない。いっぱい生ると栄養が分散されておいしいみかんができなくなるの』

 アオが緑谷家にお裾分けと、みかんを渡してきたときにした会話を思い出す。アオの説明は幼い出久には少し難しくて半分も理解できなかった。

『これアオちゃん家で育てたの?』
『ううん。買った』
『みかんの木ないのに育て方知ってるんだ! すごいや』
『ふふ。うん。すごいの』

 胸を張ったアオは『あとね』と声を潜める。

『世界で一番おいしいみかんはね、みかん畑の陰で、みんなに内緒でもらうみかんなの』

 それは小さな小さな秘密だった。まるで特別だよと言わんばかりに、手のひらに閉じ込めていた宝物をそっと指の間から見せられたような心地になる。弧を描く碧眼につられて出久も笑った。
 その時からアオは大事な友達だ。


「勉強するところ? 嫌。勉強きらい」
「一緒に頑張ろう! 僕も勉強できるかわかんないし……」
「出久は頭いい。いつも説明助かってる」

 ピカピカな黒いランドセルをいじりながらアオが言う。そんなことを言われたのは初めてだ。アオはよく出久を褒めるから、褒められ慣れていない出久はいつも表情が緩んでしまう。すごい個性の持ち主であるアオだから尚更。
 アオの個性は綺麗だ。初めて見たとき——その体が霧のように消えたとき、出久は恐かったけれど、魅せられもした。呆然と消えた足を見るアオを海に飲まれそうで危ないと思う一方で、海の妖精じゃないかと思った。それほど海とアオはよく似合う。あのときの海は荒れ狂っていたというのに、それすら表に出さないアオの気持ちを代弁していたのではと。

(だってアオちゃん、海にかえりたがってた)

「出久、何考えてる?」
「へっ?」

 ランドセルを観察し終わったらしいアオがじっと見つめてくる。いつもの癖だ。答えなきゃと口を開いて、しかし言葉がうまく出ない。素直に「アオちゃんのことを考えてた」と言うのは、幼さを抜きにしても出久にはハードルが高すぎた。
 結果。

「な、なんでもない……」

 手で顔を隠してアオの視線から逃れた。
 普段から主にヒーロー談義で挙動不審になりがちだからか、アオは納得はしていなかったものの追求はしてこなかった。





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