ひらりひらりとスカートが舞う。歩く度に揺れる黒い裾はものすごく邪魔で、脱ぎたくて仕方ないが校則というもので禁止されているらしい。海賊のときは校則どころか法律すら守っていなかったというのに。ズボンを履ける出久と交換したい。足を振り上げる際に膝に当たる違和感は、このニ年間どうにも拭えなかった。

「……困った」

 地面に倒れふす男たちと『すまーとふぉん』を交互に見る。執拗に絡んでくる男の扱い方はわかっていても、『すまーとふぉん』の扱い方は未だによくわからない。文明の利器らしいそれは私には時計を見るだけのただの板だ。そしてその板は昨日出久が設定してくれた始業式の開始時刻を知らせるため、一定の速度で震えていた。要は遅刻である。

「ねえ起きて」
「いっ!?」

 地面に伏せている男の一人を足で仰向けにする。屈んで『すまーとふぉん』の画面を見せ、「これ電話ってどうするの?」と問いかけた。

「は、はあ?」
「出久に電話したいけど使い方わからないの。教えて」
「誰だそいつ!! それになんで俺が」
「教えてくれたらイイコトしてあげる」

 無表情で言ったからか、疑惑の眼差しを向けてきた男に少しだけスカートの裾をめくる。いわく「これが一番穏便に済む」。彼女と違って私はペタンコだからこれしか武器がないのだけど、とりあえず貧乳は白、豊乳は黒を履いておけばオーケーだそう。今日はタイミングよく白だった。

「……貸せ」

 なるほど穏便だ。さすが、と魅惑的な航海士の教えに舌を巻く。
 男はなんとか腕を持ち上げると震える板を止めてみせた。ようやく止まった振動に感嘆する。買ってもらった当初は音が出るようにしていたのだが、鳴り止まないそれに業を煮やした私が破壊したため、それ以来『まなーもーど』にしている。
 次は電話だ。出久の番号は一番上にある、と言おうとしたとき、再び『すまーとふぉん』が震え出した。まさか完璧に止められていなかったのだろうか。男に睨みをきかせると、男は顔色を青くして首をぶんぶん振り、振動を止めるために急いで画面を触った。

『もしもし アオちゃん!?』
「あ、出久」
「それ今電話しようとしたブヘェ!!」
『なに!? なんの音!?』
「なんでもない」

 ローファーのつま先で男の顎を蹴り上げて気絶させる。板から聞こえる出久の焦った声を聞きながら周囲を見回した。誰も目覚めた様子はない。条件反射で財布を漁りそうになるが、生活に困っていないことを思い出してやめた。祖父母に迷惑がかかるのは本意ではない。

『…… アオちゃん聞いてる?』
「ああ、うん。遅刻してごめん」
『そうなんだけどそうじゃない……!! とにかく怪我はしてないんだね?』
「うん。どうせ当たらないし」

 スクールバッグの肩紐を肩にかけて辺りを見渡しながら表通りに出る。出久の設定した時間通り始業式が始まっているらしく、街中に学生の姿はなかった。
 のんびりと商店街を歩いていると店主のおじさんやおばさんに「また遅刻かい?」と苦笑いされる。出久と電話しているため返事はせず、手を軽く振ると「いってらっしゃい」と振り返してくれた。

『さっき始業式は終わったよ。今はトイレ休憩兼先生待ち』
「出久今トイレなの?」
『……放課後でもないのに教室で堂々と電話するのはちょっと……』
「ふーん」
『そうだ、僕とアオちゃん同じクラスだったよ』
「! よかった。ノート写させて」
『起きて授業受けたらいいんじゃないかな……』
「体育は寝てない」
『寝たら動けないからだよね?』
「うん」

 例年通りなら始業式が終わった後することは掃除とホームルームだろう。掃除はともかくホームルームは面倒だ。授業ではないだけマシだが、机にじっと座って教師の話を聞くというのは落ち着かない。どうにも奴らは上から目線で気に入らないのが本音だ。私の上に立っていいのは、ずっと一人だけだから。

『あっごめん、そろそろ教室に戻らなくちゃ』
「うん」
『学年変わったから階間違えないようにね。あとできるだけ急いで、でも気を付けて来てね』
「うん」

 じゃあ、と切れた電話をポケットにしまう。気を付けて急ぐとは、つまり走れということだろうか。走るくらいで周囲への警戒を怠るような鍛え方はしていない。でも前に出久はスカートで走るなと言っていた。急いでいるからいいか。
 そう結論付けたが、八百屋のおばさんに「アオちゃん走るの? スパッツ履いてる?」と声を掛けられたことでブレーキをかける。前はそんなこと気にしなかったのに、この世界は色々と制限が面倒くさい。





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