「…何で毎日来るの?」
私は不思議だった。
ベッドに寝たきりの愛想のよくない女の所に来ても何も面白くないだろうに、先日出会ったばかりの彼は毎日来るのだ。
「……父上は時々でいいって言ったのに」
なのに、何で?
器用に林檎の皮を一枚に繋いだまま剥く彼に問いかける。じっと見つめていると彼は果物ナイフと林檎を棚に置き、ベッドに乗り上げてきた。ぐっと顔を近づけられたが身を引くことはしない。目は、合わせないけど。
「………」
「お前はここで赤くならねーのな」
「…?」
吐息が口にかかる。何を考えているのかわからない顔でそう言った彼に目を瞬かせる。
何故顔が赤くなるのか。その疑問を口にする前に唇を塞がれた。しっとりとした感触はすぐ離れる。
「……なんで、」
「なんとなく」
ケロリと答える彼を無性に殴りたかった。何故かはわからない。握った拳を緩めながら身を引く。彼は追ってくることはなかったが、代わりに不思議そうに首を傾げた。なに、と一瞬だけ目を向ける。
「リルはキスされても何とも思わねえのか?」
「…ただの粘膜と粘膜の接触じゃない」
「お前なぁ…」
呆れた溜息を吐き出す彼の手を握る。ぴくりと反応したもののはね除ける様子はない。どうしたのかと、今度は私が首を傾げた。
「……これは何とも思わないでしょう?」
「んにゃ、嬉しい」
「…嬉しい?」
思わぬ返答に眉が寄る。嬉しいとは、どういうことだろうか。ただ手を握ってるだけなのに。
一方的に握られていた彼の手が私の手に絡まる。指の間に指があるのがくすぐったくて離そうとするも、力強く握られて離してくれない。
「他の奴に手握られても何とも思わねえけど、」
「?」
「オレはリルに触れると嬉しいぞ」
「……そ」
いまいちわからない。作られた笑みじゃない彼も、その胸中も。……理解したいなんて思わないけど。
微妙な空気が流れようとした雰囲気を壊すように、半ば無理矢理手を引く。今のは何だったのかと考えるより前に彼の手が伸びてきた。そして胸に違和感。
「その顔から推測するに、胸は嫌なんだな」
「…気持ち悪い」
「口はいいのに胸は嫌なのか」
ふむふむと頷く彼を冷ややかな目で睨む。手で払うと思いの外素直に離れた。ニヤニヤ笑う顔は変わらないけど。何が楽しくて笑うのか。本当にこの人の考えていることはわからない。
「じゃあここは?」
「!?、っや…!」
突然飛び込んできた金色に目を瞑る。首に口付けられた感触が気持ち悪くて彼の頭を押した。でも寝たきりの私と騎士団団長。力の差は歴然で、まったく敵わない。
舐めるわけでもなく首を押し付けられたままの唇。自分の体温が急速に上がって、心臓が速くなったのがわかった。
「首もやだ…っ!どいて…、!?」
何とかこの状況から逃げたくて彼の頭を押していると、チクッとした…注射じゃない痛みがした。こそばゆくて妙に恥ずかしいそれに肩が跳ねる。彼が笑った気がした。
「…どいて」
「……」
「どいてってば!メリオダス…っ」
「おう」
「へっ…?」
急になくなった体温に体が震える。思わず首を手で抑えて彼を見上げるとそれはそれは満足そうな顔をしていた。本当に何なんだこの人、と呆ける。
「オレの名前はメリオダスだ」
「…は?」
そして突然の自己紹介だ。意味がわからずに思い切り眉を寄せる。そろそろ私キレてもいいと思うんだけど。
知ってる、と呟くと彼は身を乗り出してきた。流石に身を引くけど彼はそれでも構わないのか、ベッドに片手を置き、もう片手で自身と私を交互に指差した。
「オレはメリオダスで、お前はリル。せっかく名前があるんだから呼んでくれよ」
「………ああ、」
そういうことか。
確かに彼の名前を呼んだことは少ない……というか1、2回くらいだ。理由は特にない。強いて言うならこの部屋にいるのは私と彼だけだから「あなた」で伝わるから。あと呼ばなさすぎて妙な気恥ずかしさがある。
でも呼ばなさすぎるのも悪いことだ。名前を呼ばれないことは案外寂しいということを私は知っている。
「……ごめん」
「気にすんな。オレも嫌な思いさせたしな」
よしよし、と頭を撫でる彼に頷く。
嫌……嫌か。まあ、嫌だったけど、嫌じゃなかった。別にそういうことに頓着がないというのもあるけど。何というか、嫌だったけど嫌じゃなかったのだ。自分でも何だかよくわからないから彼には言わない。
「でもオレ以外にあんな顔すんなよ?」
「……は?」
「赤くなったり涙目になったりすんなって言ってんだよ」
目元を指先で拭われてほら、と見せられたそこは濡れていた。でもこれは生理的な涙だから感情で泣いたわけじゃない。そもそも泣いたのなんて久しぶりだし、何より、
「…あなた以外にこんなことする人いないから平気」
現状、私と関わってる人は父上と侍女、この人の3人だけだ。父上は滅多に会えないし、侍女とは一言二言くらいしか話さない。私を生理的にだけど泣かせることができるのはこの人くらいのものなのだ。
…という意味合いを込めて言ったのだが、ちゃんと伝わったのだろうか疑問が残る。この人、嬉しそうに笑ってるから。
「ほんっと……お前、オレ以外にそういうこと言うなよ」
「…はあ…?」
この人のことは嫌いじゃないし、好きでもない。謎が多い人だ。結局ここに来る理由わからなかったし。
まあ今の私が考えたところで、彼が何を思ってるか、想像することすらできないのだけど。
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