何かの任務があったらしい。3日ぶりに部屋に来た彼の様子は何だか変だった。仕草とか、表情とか。普通の人間にはわからないくらいの些細な変化だ。
どこかおかしいと任務について話す彼をじっと見つめる。あまりにも全身を見渡す私を不審に思ったのか、彼は話を止めて首を傾げた。
「さっきからどうした?あ、リルもやっとオレに惚れたか」
「……うで」
彼の肩が跳ねた。これも普通じゃわからないくらいに小さくだけど。無意識なんだろうか。とりあえず腕に何かあったことは確かだ。
しかし指摘したにも関わらず彼は事も無げに笑う。何で隠すのだろう。
「別に何ともねえぞ?」
「……動きが鈍い」
「!」
「…右腕、庇ってるよね」
「そうか?」
「…ん」
ひとつ頷いて広いベッドから出る。その際急な動きに体がふらついたものの、壁に手をついてバランスをとった。…私も大概鈍ってるな。たまに運動するべきかもしれない。
ベッド横にある棚の前に屈み、一番下の引き出しを開ける。木箱の救急セットを出してベッドに座る彼の前に膝をついた。
「…腕出して」
「なんで?」
「……血の臭いがする。手当てしてない証拠」
じとっと睨みながら言うと彼は目を丸くさせ、次いでよくわかったなと笑った。それに目をそらす。別に、と呟いて手を差し出した。そこに腕が乗せられる。袖をめくるとやはり怪我をしていた。結構深い傷口に眉が寄る。
「……何で手当てしなかったの」
「こんくらいすぐ治るって」
「…バカなの?下手したら死ぬよ」
「下手する前に治す!」
「……ああ、あなたはバカだったね」
口を動かしながらも手も動かす。苛立ちも込めて少しきつめに包帯を縛るが大して痛くないだろう。私力弱いし。
終わり、といらない包帯を切る。道具を木箱に片付けていると頭に少しゴツゴツした手が乗った。
「サンキュ、リル」
「……別に」
礼を言う彼の顔を見るのは何となく嫌だ。どうせ笑っているのだろうけど、見るのは嫌だ。それに礼を言われるのは苦手だ。今撫でる手は享受するけど。
救急セットを引き出しにしまってベッドに戻る。さりげなく差し出された手を取ってベッドに座ると彼がニヤニヤしていた。なんかムカついたため手を離して睨んだ。
「ん?リル、指切ったか?」
「………ああ、舐めとけば治る」
木箱が古かったからそれで切れたのだろう。小さな切り傷が人差し指にできていたけど気にするほどではない。ぷっくりと出た血を舐めると少し痛んだ。でもまあ、これくらいすぐ治る。
すると彼に手を掴まれた。ニヤリと嫌な笑みを浮かべる彼に眉を寄せ、私が離してと言おうとする前に指を口内に入れられた。ぞわりと肌が粟立つ。
「……何してんの」
「舐めりゃ治るんだろ?」
「……舐めてないし口に入れたら汚い」
「どっちにしても傷口から菌が入ったらどうすんだ」
「…指を口に入れたまま話さないで」
気持ち悪い、と不快感を顔に出して言う。彼が苦笑したのを見計らって指を引き抜いた。すぐに棚の一番上にある濡れタオルで指を拭う。すでに傷口は見えなくなっていて、だから舐めなくていいのにと胸中で溢した。
「……こういうのは好きな人にするものでしょ」
「だからしたんだろ」
「……」
は?
ぴたりと動きが止まる。彼からの視線が痛くなってすぐに拭う作業を再開したけど。何となく気が済んだところでタオルを棚に戻してベッドに横になる。
そして静寂。
「……」
何なんだろう、この人。何を考えてるのかわからないのは常だけど今は本当にわからない。でも何も言わないということは先程の発言は流していいのだろうか。流していいよね。よし流す。
「……何で怪我したの」
「色々あったんだよ」
「……でも、あなたなら無傷で倒せたでしょう」
「まあなー」
わからないことは恐怖だ。人間とはそういうものだ。彼は、発言も思考も行動もわからない。しかし恐怖を抱いたことはないのだ。私はそれなりにこの人を信用している。その内、彼のことを明かせる日が来ると、何となくだけどわかるのだ。
「……リルは怪我したら意外と心配してくれるんだな」
「?なに」
「にししっ、何もねーよ」
だからしばらくは謎な彼のままでいいのだろう。元より彼は自分の心根を見せない人なのかもしれないけど。
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