小さくなった体のせいで人生二回目の小学校に通うことになって数ヵ月。中身が高校生でも意外とうまくやれるもんだな、なんて思うが嬉しくはない。早く元の姿に戻って幼なじみと高校生活を謳歌したい。
そんな風に思いながら過ごしていた小学校で、オレがクラスメイトの女の子を『佐川楓』個人として認識したのはごく最近のことだった。
「佐川さーん」
その名前は算数のテスト返却が行われる中で呼ばれた。返却は出席番号順のため早々に返ってきたオレのテストは満点で、「さすがね名探偵さん」と揶揄う灰原から気を逸らしたかったのもある。佐川という名前に聞き覚えがなかったから、話題を変えるきっかけとしてその子に顔を向けた。
綺麗な子だった。
ぱっちりしたアーモンド型の瞳、筋の通った小ぶりな鼻、淡い桜色の頬、桃色の唇。まだ幼児体型の他の子供たちとは少し違うすらりと長い手足。モカブラウンの髪は絡むことなどなさそうに背中まで流れていた。
「……子役?」
「違うわよ」
思わず呟いた問いを灰原がばっさり否定する。子役とは言ったが子役より余程造形が整っているし、何なら昔アルバムで見た(見せられたとも言う)母さんの子供のときと同じくらいのレベルだ。うちのクラスにあんな一度見たら忘れられない子本当にいたっけか。
疑問が顔に出ていたのだろう、灰原が呆れながら口を開く。
「佐川楓。私は話したことはないけど、前に職員室で小林先生と話しているところは見たわね。……まあ、“イイコ”じゃないことは確かよ。ほら今も」
教卓を見れば無表情の佐川がテスト用紙を受け取っていた。その際小林先生に何か言われていたが流しているようで、なるほど、たしかに良い子ではない。勉強が得意じゃないのかと思っていたら「あの子よく白紙で出してるらしいわよ」と注釈が入った。ひく、と頬が引き攣る。なかなかクセが強い女の子らしい。
席はオレの後ろの方のようで、なんとなく気配を追っていると隣の席の子が彼女に話しかけているのが聞こえた。聞き耳を立ててみるとなんてことない、テストの成果を尋ねるもの。一体なんて答えるのかとそばだてる。
「さあ」
ただ一言、それだけ。冬の湖を思わせる澄んだ声だった。
少しだけ視線を後ろに投げると、佐川は会話を続けようとする子供に構うことなく引き出しから本を出して読み始めている。うげ、と小学生相手にあんまりな態度に眉が寄った。
(クセじゃなくてアクが強いタイプだな)
将来ろくな大人にならねえと黒板に意識を戻したオレを、灰原は黙って見ていた。
決してよくはない印象を抱いた佐川楓と直接関わる機会は、そう日を跨がずにきた。
休み時間にトイレから教室に戻るとプリントが落ちていて、拾って内容を確認すれば次の国語の授業で使うものだとわかった。さては小林先生が早めに準備したはいいが一枚気付かず落としたな。小林先生は鈍臭いところがあるから可能性は充分あるし、と教卓付近に視線をやると、どうやらオレの推理は外れていたらしい。意外な姿に目を瞬かせつつ近寄る。
「楓ちゃん、一枚落ちてたよ」
たしか下の名前は楓だったはず、と思い出して呼べば、佐川はさらさらの髪を靡かせてオレを見た。無表情ながらどこかきょとんとした丸い目に相応の幼さを感じる。
「はい、これで最後だよね?」
「…………うん、ありがとう」
プリントの受け取り方は丁寧だった。お礼は全く心が篭っていないことがわかりやす過ぎるくらい棒読みだったが一応言えている。普段読書をしている姿からも姿勢はいいし、育ちは悪くないんだろう。ただ性格が難儀なだけで。
普通に話せたらどんなだろう。ふと気になって、主に蘭から好評の“良い子”の笑顔を浮かべる。
「プリント配るの? 僕手伝おうか」
「いい。江戸川、先生が呼んでた」
拒絶されたのが如実にわかるほどの即答だった。
佐川は驚くべきスピードで教卓にプリントを置くと心なしか駆け足で自分の席に戻っていく。慌てて言伝に礼を述べたが、何の反応もなかったため伝わったのかはわからなかった。無視された訳ではないと思いたい。ただ普通に話すのは難しそうだと肩をすくめて、オレもこれ以上絡むことはせずに教室を出た。