私にとって『名探偵コナン』は惹かれれば映画やアニメを見る程度のコンテンツだったので、キャラや設定は然程詳しくない。ただ原作、アニメ、映画などのおかげで事件数、時間軸が現実で考えると理解不能なことになっているのは知っている。しかし所詮フィクションだったあの頃は「年数進めるタイミング逃したのかな」としか思わなかった。まさかリアルになるなんて誰が想像できるのか。
だからこそと言うべきか、某名探偵たちが転入して結構経つことに気付いたのは彼らが休みがちになってからだった。今までも連日での欠席は頻繁にあったが、二、三日ごとに休むのは初めてだ。ニュースでも複数箇所で事件性のある爆発、火事が起きたと大きく取り上げられていたから、これは絶対某名探偵が関わっていると警戒していたのだけれど——しばらくしても、某名探偵と灰原哀は学校に来なかった。
そうして私はようやく一つの仮説に至ったのだ。もしかして原作終わったのでは、と。
だってここは『名探偵コナン』の世界だ。江戸川コナンが黒の組織を倒して、工藤新一に戻るまでの物語。私は原作の完結を見届けることなく“こう”なったし彼らと関わる気は一切ないのでこの仮説を確かめる術はないが、可能性としてあり得る。
じゃあもういいかと空になった某名探偵の席を眺めるのをやめてすぐだった。
某名探偵が、俯いて登校してきたのは。
「あ! コナンくん久しぶりー!」
「おはようございます!」
「おー……」
「何だよ元気ねーな! 朝飯ちゃんと食ったのか?」
あっという間に少年探偵団の面子に囲まれる様子を文庫本越しに見る。憔悴の文字を体現したみたいな表情。考え事をしている某名探偵が上の空で返事をすることはよくあるが、今日は輪をかけて何も耳に入っていない様だった。
珍しい、誰か怪我か亡くなりでもしたのかと考えながら文庫本の文章に目線を落とす。観察対象として面白い某名探偵だが、彼は勘が鋭いため不自然に見すぎたら気付かれる。だだでさえバカみたいに覚えられやすい顔をしているのに関心まで引きたくない。
私は空気、と胸中で唱えながら彼らの会話に耳を立てていると、某名探偵に遅れて灰原哀も現れた。
「江戸川君はまだ全快じゃないの。そっとしておいてあげられる?」
「灰原さん!」
「哀ちゃんもおはよう! 風邪大丈夫だった? 博士が移ったらダメって言うからお見舞い行けなかったけど、歩美、すっごく心配したんだよ」
「ありがとう、吉田さん。心配かけてごめんなさい」
指摘されたからか相手をしてくれるからか、子供たちが某名探偵から灰原哀にターゲットを変える。灰原哀は長く学校を休んでいたことについて風邪引きで押し通していた。さすがに無理があると私は思うが、幼い子供たちは納得しているからオイオイと呆れてしまう。明らかに風邪で休んでたらできない顔の擦り傷があるだろ。
「厄介なウイルスに罹ってたの。やっと治ったからよかったわ」
「……ま、運動はまだ控えろって言われてるからできねえけどな。でももう平気だよ」
柔らかい声色に思わず文庫本を持つ手を下ろした。某名探偵の顔色はやはり悪く、灰原哀もどこかやつれたように見えなくもない。でも二人共そう言ったときの表情だけは優しくて、子供たちは口々によかったと言って、なんだか勝手に居心地の悪さを感じた。今すぐ教室から出たい。帰りたい。しかしタイミング悪く予鈴が鳴ってしまい、机に付いた手のひらの力の行き先を悩んで、結局拳を握りしめて俯いた。細く長く息を吐いて、それから放り出した文庫本を机の引き出しにしまった。
風邪が嘘なことはわかりきっている。頻度もそうだが、二人同時に回復するのも同じ日に登校するのも、組織に怪しんでくれと言っているようなものだ。この世界での対組織の進展度を知る由もない私でもメタ的な理由で結末は近いのではと想定できるほど、彼らが小さくなってからの時間は経っている。そんな時期に取る行動にしては軽率と感じた。
そこで原作の完結という仮説を立てたのだが、灰原哀はともかく某名探偵の様子が尋常じゃない。もしかすると王道漫画にありがちなラスボス撃破の前にこっ酷く負けるという展開があったのかもしれないが、それにしたって『江戸川コナン』らしくない。
「……」
まあすべて私の憶測だし、作者は物語としてのハッピーエンドにすると言っていたし。きっとこれから黒の組織を倒すのだろう。待望の解毒剤を飲んで工藤新一に戻れば皆んな幸せのハッピーエンドが待っているのだから、精々がんばってほしい。