フロイドプラン特盛で

朝の光がオンボロ寮の寝室、ユウのベッドの上にもゆっくりと差し込む。本日は何の変哲のないただの祝日。ただ1人……ユウを除いては。
「誕生日には、帰りたかったなぁ……」
 ベッドの中でポツリと呟かれた言葉は布団に吸い込まれていく。壁にかけられたカレンダーには小さな小さなケーキのマーク──。
 どれくらいベッドの中にいただろうか。いつも一緒に寝ていたグリムがいないことに気がついた。珍しく早起きでもしたのか。こんな日こそ、グリムと一緒にだらだらしたかったのにな。誰もユウの誕生日を知らないのだから。
 センチメンタルでいても仕方ない。布団から出て1階へ降りようとすると、何やら物音が聞こえる。グリム……?いや、違う。これは、人の気配だ!
 部屋にあるポールハンガーを担ぐ。この先端で相手のゴールデンボールをグサッと突けば、悶絶している間に魔法の使えない監督生でも逃げられるだろう。多少重いが持って振り回せないほどではない。飛行術の授業中、筋トレを課したバルガス先生に感謝だ。
 物音を立てないようにそっと階段を降りる。ゆっくり、1段ずつ、着実に……
 相手はどうやらキッチンにいるらしい。最初の一撃で仕留めるため、壁に貼り付いて様子を伺おうとほんの少しだけ中を覗く。
「フロイド先輩っ!?」
「小エビちゃーん、おはよ。起きたー?」
 エプロンをつけてフライパンを持ったフロイドに驚いてその場に立ち尽くす。一体なぜここに?
「小エビちゃん、どうしたの?そんなの持ったままでさ、模様替え?」
「まあ、そんなところです」
 侵入者を倒すために持ってきましたという言葉を飲み込んで、フロイドの言葉に頷く。
「ふーん。まあ、いいや。もうすぐ朝ごはんできるからそこに座ってて。っと、その前に……」
 フライパンを置いて近づいてくると、そのまま目線を合わせるように屈み、マジカルペンをサッと一振り。パンッ!!と軽い音が鳴り、キラキラと色とりどりの紙吹雪が舞った。
「小エビちゃん、お誕生日おめでとう!」
「え?!」
「小エビちゃん、今日誕生日でしょ?だからねー、オレ、お祝いに来たの」
「どうして知ってるんですか?!」
「んー。ナイショ」
 悪戯っ子のように笑うフロイドを見て、顔の良さと可愛さに何もかも気にならなくなってしまう。ずるい。
「小エビちゃんさ、こっちの世界に来て初めての誕生日でしょ?寂しくないようにむこうの世界の人たちの分もオレがお祝いしてあげるね」
 そのためにフロイドは朝からオンボロ寮に来たのだ。朝起きたらまずは家族に声をかけられるだろう。学校に行けば友達に、放課後は一緒にカフェにでも行くのかもしれないし、女の子同士プレゼントだって交換するだろう。家に帰れば母親の作ったちょっと豪華な夕飯に大好きなホールケーキ。だから、彼は彼にできる全てでユウの誕生日をいつもと同じように楽しんでもらえるように。
「フロイド先輩……」
 フロイドの優しさに思わず泣きそうになって、でも、泣いたらもったいない気がして、そのまま我慢する。そんなユウに気づいたのか、フロイドは彼女の頭を撫でた。
「それで、小エビちゃんには今日1日どんなプランで過ごしてもらうか選んでもらいたいんだけど。はいこれ」
「?」
「そ、これの中から選んでくれる?」
 フロイドはユウにモストロラウンジで使われているようなデザインの紙を渡す。『1.フロイドホテル 2.フロイド水族館 3.フロイド遊園地』と書かれている。
「あのー、これは一体……」
「オレからの誕生日プレゼントでーす」
「えっと、ちなみにどんな内容なんですか?」
「フロイドホテルは、オレが小エビちゃんにすっごい豪華なお料理を作って、オクタヴィネル寮のゲストルームに宿泊プラン」
 フロイドの美味しい料理にお洒落なお部屋でふかふかなベッド。確かにホテルプランだ。
「フロイド水族館はモストロラウンジの水槽でオレと一緒に泳ぐプランで、こっちの遊園地はオレが小エビちゃん抱っこして学園内をパルクールするプランね」
「そ、それはすごい、アクティブというか……」
 スリル満点そうだが、きっとそれはそれで楽しそうだなんて考えてしまうユウは、少しずつこちらの世界に馴染んできているのかもしれない。
「小エビちゃん、どれにするか決まった?」
「うーん、どれも楽しそうで迷いますね」
「じゃあ、全部にしよ」
「へ?」
「だーかーら、小エビちゃんのお誕生日なんだから、これ、全部ね」
「い、いいんですか?!」
「当然じゃん。オレ言ったじゃん、小エビちゃんの誕生日をお祝いするって。今日は特別なんだから小エビちゃんは何にも考えずに楽しめばいいの。じゃあ、オレ朝ごはんとってくるから小エビちゃんは席座って待っててね」
 そう言ってフロイドはガスコンロの方へと向かっていく。
「フロイド先輩!もう!大好きです!」
 ユウは思い切り彼の背中に抱きついた。

END

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