顔面に一撃をくらった彼が情けなく倒れ込む。
ぽたぽたと赤が垂れる。どうやら鼻血が出ているらしい。
「な、そんな怒ることないやん? ちょっと落ち着こう、や」
違う女に縋る彼をこっちに向かせ、スイングをかます。
ぱしん、と軽快な音が響き、よろりと彼はまたふらめく。
私の顔は怒りで真っ赤なんだろう。文学的な彼なら怒ってる時って顔赤いのに青筋を立てるって言うのおもろいなぁ、ぷはぁ煙草うま、などと言うのだろうか。
…やけに鮮明に想像できるなぁ。怒りで逆に冷静になってるのかも。
「やからさっき居った子はちゃうってぇ!なんや向こうは勘違いしとったかもしれんけど名前ちゃんのプレゼント相談しとっただけやん!」
ほら!と彼は紙袋を差し出す。あの女も馬鹿だな。これだけ持って帰れば良かったのに。
渋々受け取ると彼はほっとしたような表情になる。なに安心してんだ。
『.…何これ。』
中には煌びやかなハイヒールが並べられている。少なくとも私の趣味には合わないし、これに似合う服を貰った覚えもない。
「いや?たまにはそういうの履くのもええんちゃう?って思ってん。ちょーどあの子詳しそうやしな? まぁ合う服とかは今日見る時間無かったし、また見よか〜ってなってたから靴だけやけど。な? わかる?」
さっぱりわからん。要はあの女と浮気してて、私がここに居ることでプレゼントの靴を渡す相手が居なくなったから私に横流ししてるってことだろ。
勢いよく紙袋を突き返すと、彼も諦めたのか深い息を吐き目を細めた。
「.…ま、潮時ちゃう?」
***
ここで彼を殺さなかった私はノーベル平和賞に選ばれても良かったと思う。
…あのハイヒールは誰に履かれることも無く、靴底を晒し情けない姿を見せて
いるのだろうか。想像した姿はなんだか彼に似ていて面白い。くくく。