蛇を想う獅子



「またお前らかぁぁああッ!!!」

そんな叫び声が廊下に木霊した気がした。私は首を傾げて辺りを見渡す。
しかし、声を上げた張本人であるはずのフィルチの姿は見当たらない。
まぁ、叫び声から察するに悪戯仕掛け人の仕業だろう。

大した興味もなく再び読書をしながら長い廊下を歩く。
本を捲る度、自分の胸元にある緑のネクタイと擦れる。その紙の音に心地よさを感じつつ、角を曲がろうとした時だった。

鈍い音がして、何かとぶつかった。
下を向いていて何の準備もしていなかった私はものの見事に尻もちをついた。
散らばった本を気にする余裕もなく、何気なく目の前を見上げれば、驚いたように立っている、グリフィンドールの問題児。
…確か、ポッター家の…
物凄い勢いでぶつかってきたので、全力疾走でもしていたのだろう。
いや、彼が全力疾走している時は大体悪戯絡みなのだ。出来れば関わりたくない。

しかも彼らは獅子寮らしく、蛇寮を嫌っている。逃げ道を塞いだなどと言って絡まれては御免だ。
そう思い、私は後方に散らばっている本を急いで拾い始めた。そしてさっさと退く予定だったのだ。

「ごめんッ前を見ていなくて!!大丈夫だったかい?」

―――彼がそう声をかけてくれるまでは。

「…い、え…。私も本に夢中で前を見ていなくて…ごめんなさい。」

何を謝っているんだ。悪いのはどちらかと言うと彼の方だ。
だが、一緒になって本を拾ってくれている彼を見ていると、少し申し訳なくなって、そんな言葉が口をついて出た。

それは彼も同じようで驚いたようにこちらを見ていた。彼は小さく笑って、そそくさと本を集めてくれた。
二人で拾うと、あっという間に私の手元に本は戻った。

「ありがとう。」

小さくお礼を言うとポッターは軽く頭を振った。そして、まじまじと私を見つめた。レンズ越しの宝石の様な瞳が綺麗で、魅入ってしまう。

「君、いつもスニベリーの隣にいる子だよね。」
「え、えぇ。」

まさか知っていただなんて。
少し驚きながらも頷くと、やっぱりね、と言わん表情で彼は笑った。

「スニベルスと仲がいいからてっきり根暗で陰険な子かと思ってたよ。」

私は無言で彼を見つめた。
それはいささか、いや、かなり失礼だ。
すると私の言わん所を悟ったらしい彼が慌てたように口を開いた。

「あ、違うんだよ!そう思っていただけで!きっとスリザリンらしくグリフィンドールが嫌いな子だと思っていたんだ。」
「あぁ…確かにグリフィンドールは、あまり好きではないわね。」
「でもさっき僕がぶつかった時謝ってくれただろう?どう見たって僕が悪いのに。」

にこにこと、太陽のように笑う彼。
その笑顔が少し眩しかった。

「きっとスニベリーだったらグリフィンドールってだけで怒鳴り散らすんだ。」

そこから彼はスネイプのモノマネを始めてしまう。
それには吹き出してしまった。だってあまりにも似てなさすぎたのだ。

「ははっ…それ全然似てないわ。」
「え?そうかい?顔なんてこんな感じだろう?」

段々変顔になってきていることに彼は気付いているんだろうか。
スネイプに失礼とは思いつつ、あまりの酷さに腹を抱えて笑ってしまった。

私が目尻に溜まった雫を拭う頃、ポッターは穏やかに微笑んでいた。
目を瞬かせて彼を見つめた。

「君、本当にスリザリン?」
「当たり前じゃない。このネクタイの色が見えないの?」
「あぁ、その嫌味な言い方はスリザリンだ。」
「それ褒めてる?」
「もちろんさッ」

それに私は苦笑してしまった。
あまり褒め言葉には聞こえなかったから。
すると自信に満ちた美しい瞳が私を映しだす。その眩さに、思わず目を逸らしたくなった。

「君がグリフィンドールだったら間違いなく悪戯仕掛け人にスカウトしていたよ。」

彼の屈託ない笑顔と共に発せられた言に、私は思わず目を見開く。
少し放心してから、私は笑った。もしかしたらそれは苦笑だったかもしれない。

「嫌よ。フィルチに追いかけるなんて生理的に無理。」
「うわ、さすがに僕達でもそこまで言わないよ。」
「あら、本当の事だもの。」

クスクスと互いに笑い合う。
グリフィンドール生と笑い合うなんて、想像したこともなかった。
でも彼が傍にいる事はなんの違和感もなくてそれが不思議だった。

やがて私は「あ、」と声を洩らす。
それに、ポッターは首を傾げてこちらを見つめた。

「どうしたんだい?」
「あ、ごめんなさい。スネイプと約束していたの。急がないと…、」

そう言って踵を返そうとしたら、腕を軽く掴まれる。驚いて振り返ると真剣な目とかち合った。
ドキリ、と柄にもなく胸が跳ねて、それを押し潰して問いかけた。

「なに?」
「名前、まだ聞いてない。」
「名前…?き、聞いてどうするの?」

まさかここまで話を弾ませておいて、後で悪戯を仕掛ける訳ではあるまいな。
そんな事をすれば私以上にスリザリンらしいではないか。
私の引き攣った頬を見つめながら、ポッターも怪訝そうに私を見つめた。

「どうするって…呼ぶんだよ。友達だろう?」
「友達…!?」
「えッ!?ダメなのかい!?」

思いもかけない彼の言葉に私は軽く目を見開いた。まさかスリザリンの生徒相手に友達なんて言葉が出るなんて露程も考えなかったのだ。

自分の名を紡ごうと口を開き掛けた時だった。

「見つけたぞぉッ!!」
「「げ、フィルチ!」」

廊下に反響する怒鳴り声に、
思わず私まで声を上げてしまう。
廊下の先には陽炎を思わせるほどの怒気を滲ませて立っている鬼の形相のフィルチ。

ポッターは引くつきながら、私の横を風のようなスピードで抜けていった。

「また今度!」

その声がやけに響いた。
そして後ろから到底敵いそうもないスピードで走って行くフィルチ。
そのまま通り過ぎて行くと思っていたのに、ピタリと止まってグリンとこちらに目を向けた。
びくりと、肩が揺れた。

「お前も、仲間か…?」

あらぬ誤解をうけ、私はブンブン頭を横に振る。
まだ疑いの目を向けてくるフィルチに、私はネクタイの色を見せた。
小さな目に、緑が映り込む。
するとようやく納得したのか、彼は小刻みに頷き、歩きだした。

「スリザリンか…お前もどうせ絡まれたんだろう…」

そう言って走り去って行く。
その背が廊下の影に消える頃、私は呟いた。

「そうよ…グリフィンドールとスリザリンが友達、なんて…」

その呟きは廊下に小さく反響して、淡雪のように溶けた。


「…、ルネ!」
「え、あ、ごめん。なに?」

朝食を取る大広間。
ガヤガヤと賑わう席では相変わらず、グリフィンドールの悪戯仕掛け人達が馬鹿騒ぎをしていた。
馬鹿馬鹿しいと、卑しいものでも見る様なスリザリンの視線のなか、ルネの視線だけは類が違っていた。
それに気付いたスネイプは、訝しんで彼女に声をかけていた。

「…どうかしたのか?最近上の空で君らしくない。」

眉根を寄せて問いかけてくるスネイプに、曖昧に笑って見せた。
まさかポッターを見ていたとは口が裂けても言えないから。

朝から悪戯話で盛り上がる彼の周りには、人が集まり、女生徒の熱い視線も集まる。
そんな生徒たちの中で太陽のように笑う彼を見ていると、なんだか胸が虚空だった。
彼と話すまでは、決して感じなかった想いが胸に渡来しては私を悩ませた。

グリフィンドールと友達になるなんて…
そんなことを言いながらも、それを嬉しく思っている自分は、今更否定できるはずもなく、勝手に漏れる溜息。

苦しくなって俯いても、どうしても見てしまう彼の笑顔に、私は自嘲した。

彼に、私は、不釣り合いだ。

痛む胸が物を食べる事さえ拒否して、水しか喉を通らない。
お腹もすかない。

「…恋煩い…」

ぽろり、と。
自然に呟きが落ちた。
するとそれを聞き咎めたらしいスネイプがこちらを振り向いた。

「今、何て言った?」
「なんでも。」
「恋煩いと言っただろう。」
「…聞こえてるじゃない。」
「誰に恋をしたんだ?」
「……秘密。」
「…言えない奴なのか…?」
「…根掘り葉掘り聞かないでよ。それとも興味あるの、私の好きな人に。」

頬杖をつきながら問いかければ、彼は少し頬を染めて顔を逸らした。
彼らしい極端な反応に、私は苦笑した。
それと同時に、ポッターのモノマネも浮かんできて、さらに笑ってしまった。

すると、それが彼の何かを刺激したのか、早口に話しだした。

「お前は最近どこを見ているんだ?いつもは僕の目を見て話してくれていたのに、最近は目が合わない。しかも、…しかも、僕の目を見ない代わりに、見ているのは、…グリフィンドールの席だ。」

俯き加減のスネイプの口から、小さく聞こえる声。
だが、私への衝撃は凄まじいものだった。
黙ったまま何も言わない私に痺れを切らしたのか、彼が顔を上げ、私を見つめた。
黒々とした瞳に映る、私。
でも、私の目に彼の眼は映っていなかった。

映し出したのは、レンズ越しの、自身に満ち足りた、瞳―――

「、ごめん…」
「違う。僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない。…誰に恋をしたんだ。」
「…恋、なんか…」

していない、と
言いきれない。
ポッターは友達だと言ったけれど、それは嫌だ。
あのぶつかった日から少ししか話していないのに。
その数分前までは、悪戯や騒がしいのは煩わしいと思っていたのに。

何故。
浮かぶのは彼の瞳ばかり。
何故。
最近は彼の表情がチラついて読書もできない。
何故。
いつも以上に寮が暗い。
何故。
彼の傍にいる女生徒が羨ましい。
何故、
グリフィンドールなの…、
何故、
私は、

スリザリンなの。

あの日の夜からネクタイの色が疎ましい。
何とも思わなかったはずの色が、目に触る。
それなのに、
何とも思わなかったはずの赤と金が眩しくて、目がくらむ。

自由に貴方に近付けたら、いいのに。
寮に縛られるなんて馬鹿みたいと思っていたのに。
今は寮に全てを縛られている気がして、苦しい。
胸に、突き刺さる。

「まさか、…悪戯仕掛け人、か?」

覗きこむ様なスネイプの瞳が怖くて、目を逸らした。
痛い。どうしようもなく。
胸が。

「ルネ、言えないのか…?」
「…ねぇ、スネイプ。」

彼の言葉を遮る。
もうこれ以上、隠せそうになかった。

「なん、」
「ポッターの、ファーストネームってなんだっけ。」

太陽のように笑う彼を見ながら問いかけた。おとついまでは、どうでもよかったのに。
知らなくても、障害はなかった。
それなのに、
私は今、それが知りたくてしょうがない。

「…ポッター…なのか…!?」

スネイプが困惑と驚きの声を上げた。
近くに座る生徒が何事かと目を向けてくる。
何にも言わずにいれば、彼の指が肩に食い込んだ。痛みに堪えながら、立ちあがった彼を見上げる。

その顔は見たことないほど激昂していた。

「なに、考えてるんだ…っ!!!アイツらが僕に対してどんな事を…、スリザリンに対して何をしてるか知っているだろう!!?」
「そうね、でも、…好きだわ。少し話しただけで馬鹿かもしれないけど…、好き。」

怒鳴る彼に、真っ直ぐ言葉を返す。
広間中の視線が集まる。
彼も、見ているのだろうか。
そればかり、思う。

「ルネは、…知らないんだ…、アイツらがどんなに、汚いか…っ」

言い募る彼の顔が悲痛に歪んでいく。
真っ直ぐ見詰める私にたじろぐように、スネイプは肩を押さえていた手を離した。

「…先に、行ってる。」

その言葉を残し、スネイプは早足に広間を出ていく。
それを皮切りに、もとのように騒がしくなっていく。

私は小さな溜息とともにグリフィンドールの席に目を移した。
そこに彼の姿はなかった。

思わず苦笑が漏れる。
淡い恋心で、友人を傷つけてよかったのか。
分からなくて、苦しかった。

「なぁに、珍しいじゃない。いつもスネイプと仲良いのに。」

興味本位の問いが鬱陶しい。

「あら、でもスネイプの怒り様だとルネがグリフィンドールの誰かに恋したみたいな言い方だったけど?」
「へぇ?マジかよ。誰に?」
「あ、分かった!シリウスでしょ〜。結構人気よね、彼。グリフィンドールってとこは抜きにしてもブラック家の…」

私を置いて進む話について行けず、適当にあしらって、その場を後にした。

あの態度は、スネイプを傷つけたに違いない。早く行って謝らなければ。
自然と走り出し、広間を出た角で人にぶつかった。

ごめんなさい、
その言葉が喉に詰まる。

ぶつかったのは、
考えて止まないその人だったから。

「ってて…この間と逆だね。」

朗らかに笑ってポッターは自然に私と距離を詰めた。
それに緩んでしまう頬が情けない。
今はそれどころではないと言うのに。

「あ、ポッター。ごめんなさい、今は急いでて、」

足早に立ち去ろうとすれば、また彼に腕を掴まれた。

「スニベリーの所?」
「え、えぇ。」
「そういえばこの間もスニベリーの所へ急いでいたね。」

屈託なく笑い掛けられて、困惑する。
彼の言いたいところが掴めなくて。

「スニベリーと仲良いの?」
「…?友達だもの。」
「ふぅん…それだけ?」
「…?何が言いたいのか解らないわ。どうしたの?」
「別に?」

にこにこと笑っているのに、煮え切らない答えしか返してくれない彼に戸惑う。
早くスネイプの所に行きたいのだが、ポッターの手は未だに私の腕を離してくれなかった。

「ねぇ、さっき大広間でスニベリーと何を話してたんだい?」

無邪気そのものに首を傾げて聞かれ、私は言葉を詰まらせた。
まさかここで貴方の事で喧嘩をしていただなどと言えるわけもない。

視線を彷徨わせた後、私はようやく口を開いた。

「…なんでもないの。ちょっと喧嘩になっちゃって…」
「珍しいね。いつも一緒なのに。」
「そう、ね…こんなに大声で言い争ったのは…今日が初めてだわ。」

そう、だから苦しい。
未だかつて、彼がこんなに激昂したことなどなかったのに。
それほどに私が悪戯仕掛け人に恋をしたという事が許せなかったのだろう。

彼を酷く傷つけた。
でも想いは止められない。
もしかしたら、もう口も聞いてくれないかもしれない。
それは、辛い。

「…そういえば、」

唐突にポッターが口を開く。
私は首を傾げて彼を見た。
レンズがキラリと光る。

「最近は随分熱心にグリフィンドールのテーブルを見ているね。」
「え…」

予想だにしなかった言葉に心臓が大きく跳ねた。

気付いていた。彼は。
挙動不審になりかけている私に、ポッターは不敵に笑った。
その表情はまさに悪戯仕掛け人に相応しい。

「僕もスリザリンのテーブルを見ているから分かったよ。」
「…?スネイプでも見ているの?」
「違うよ。」

目を瞬かせる私に、彼は私の腕を持つ手に力を込めて言った。

「僕は毎日憎きスリザリンのテーブルを見ていたんだ。…ある人を見る為に。」

距離をますます詰められ、私はどぎどぎしながら端整な顔立ちを見つめた。
頭は真っ白で何も聞こえない様な錯覚に陥っているのに、ポッターの声だけが、やけに響く。その度に胸が五月蠅いほど高鳴った。

「それでこの間、念願のその人に偶然ぶつかって話せたんだ…見た目以上に、内面が素敵だった。」

目がチカチカする。
彼の自信に満ち溢れた瞳が眩しい。
二人しかいないと、錯覚する。
夢だと勘違いしそうだ。

「でも仲良くなれたと思ったら、その人は憎きスリザリンの友人の名前しか言わないんだ。嫉妬するよね。」
「そ、れは…」
「あぁ、でも今朝は珍しくソイツとその人が大喧嘩していたから僕はハッピーだ。」

不機嫌に彩られていた顔が一瞬にして笑顔になる。
反論しようと開きかけた口をなす術もなく閉ざす。
あぁ、どうしよう。
体中が熱い。
汗ばんだ手に力が入る。

ポッターが太陽の様に笑う。
それが、眩しくて、目を逸らしたいのに
目が、逸らせない。
何か言いたいのに、
声の出し方を忘れてしまったかのような喉が恨めしい。
言いたい事が、あるのに。

「ねぇ、そういえば名前、まだ聞いてないや。…ルネ。」

「…知って、るんじゃないの。」

困ったように、くしゃりと笑って見せた。
嬉しいとかよく解らなくて、ただ熱い。
身体が震える。

「まぁね。スニベリーが嫌でも君の名前を呼んでるし。」

嫌そうに顔を歪める彼に、吹き出してしまう。
すると彼は、また不機嫌そうに言を発した。

「ルネは僕の名前を知らなかったみたいだけど?しかもよりによってそれを聞くのがまたスニベルス。本当にただの友達なのかい?」
「聞こえてたの?地獄耳ね。」
「君の事ならなんでも聞こえるんだよ。」
「あぁ、OK。ストーカーなのね。」
「うん?君のストーカーなら楽しそうだね。」
「嫌よ、気持ち悪い。」

笑い合う。
出会った時のように。
でもあの時と違うのは、私と彼の距離だろうか。
スリザリンとグリフィンドールなんて。
そんな言い訳は、何処かに霧散していた。

やっぱりスネイプに言おう。
諦める事は不可能だから。
それで許してもらいたい。
私は貴方とも友達でいたいから。

ねぇ、スネイプ。
私、獅子寮の彼に恋をしてよかったわ。
何かが、変わった気がするから。

end

「泣き虫スニベルス!!」
「泣いてないと何度言えば分かるんだ!それともお前たちの目は節穴なのか?」
「ひゅ〜言うじゃねぇか、スニベルスちゃんよ〜」
「まったく、いつから僕たちにそんな口を聞けるように、」

「セブルス!もう、急にいなくなるから吃驚したじゃないっ」

ぱたぱたと廊下を走って来るスリザリンの女生徒。スニベリーを呼び捨てにするヤツはそう多くないからすぐわかる。
スニベリーの親友でジェームズの恋人という非常にめんどくさい事この上ないポジションに位置しているルネ。

彼女が来た瞬間、隣りにいるジェームズの目がハートに変わった。
本当にいるんだな、目がハートになる奴とか。

「ルネ!!会いたかったよ!!」
「あら、ジェームズいたの。」

いつものことながらルネは恋人であるはずのジェームズに対して素っ気無い。なんならスニベリーの方が恋人に見える。

「うわ…どうしたのセブルス。びしょ濡れじゃない。」

引き攣った表情を見せるルネに、スニベリーは前髪を掻き上げた。
言っちゃ悪いが全然様になってない。
俺の方がカッコいい。

「別に…何でもない。」

結構前から気付いていた事だが、スニベリーはルネに気がある。
奥手な事が災いして彼女に全く気付いてもらえていないが。
早くからその事に気付いていたジェームズはルネとスニベリーがどうにかなりやしないかといつも荒ぶっていた。

それを宥めた悪戯仕掛け人の功績に乾杯したい。
無言で二人を見つめていたらルネの目がこちらを向く。
急な事に肩を揺らして反応すると、彼女の目には怒気が滲んでいた。

「いつも言ってるじゃない!セブルスにからまないでよ!」
「そう怒るなよ、ルネ。別にお前に危害を加えてる訳じゃ…」
「分かったよ!!ごめんルネ!!!」
「え、おい…ジェームズ…」

本当にいいのかよ。
眉根を寄せて親友を睨んでいるのに、彼は恋人に夢中で一切こちらを振り向かない。

「でもその代わり、スニベリーをファーストネームで呼ぶのを止めてくれたらね!」

あぁ、思い出した。
そう言えばジェームズは『スニベルスごときがルネにファーストネームで呼ばれているのが気に食わない』といつも漏らしていたっけ。

またしてもどうでもいい事を言い始める親友に、シリウスは窓の外を見た。
今日は晴天だ。
出来る事なら箒に乗りたい。

「僕をラストネームで呼ぶなら、お前とルネには別れてもらうからな。」
「何だって!!?なんでスニベリーごときにそんな事を言われないといけないんだ!!」
「そう言う約束だもの。ジェームズと付き合うのを許してもらう代わりにセブルスって呼ぶって。」
「ジーザス!!!!!なんて事だぁ!!!!」

…五月蠅い。
そして恥ずかしい。
はぁ、と小さく溜息を吐いた。
すると呆れた様なルネと目があった。別にそれほど親しい訳ではないが、今は何かが同調していた。

「苦労するわね、お互い。」
「そうだな。体調には気を付けろよ。」
「あら、ありがとう。貴方も倒れない様にね。」

「な、なんだい、なんだい!!?今度はパッドフットと仲良くなる気かい!?そんなの僕は認めない!兄弟…、よくも僕のルネに色目を…ッ!!」
「な…ッそうだったのかルネ!止めておけ!アイツは名前だけじゃなく心もブラックな奴なんだ!!」

「いや、色目とか使ってねぇし。どうしたら今の会話でそんな勘違いが起こるわけ。」
「セブルスも馬鹿な事言わないで。しかもそれ全然上手くないわ。」

それでも騒ぐ二人に、俺とルネは呆れ顔で、仕方なく二人で次の授業に行くことにした。
あの二人に構っていたら確実にマクゴガナルの鉄槌が落ちる。

「お互い苦労するな…」
「そうね…疲労感満載だわ。」

「「はぁ…」」

二人の奥底からの溜息は絵画の住人の笑い声によって掻き消された。

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