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翌日。

僕はいつものようにスリザリンのテーブルに着き朝食を取っていた。

いつもと違うのは周りに生徒が殆どいない事だ。寝坊したわけではなく、朝早い為人がまばらなのだ。

オートミールを口にしながら、怪しくない程度にグリフィンドールのテーブルを窺う。勿論、昨日の彼女を探す為だ。

あの後夕食の時にでも見つけられるだろうと思い最後まで残っていたのだが、結局それらしい人影は見当たらなかった。

なので今日は朝早くから来て最後までいるつもりなのだ。
食事をしながら参考書を開く。

確か今日は闇の魔術に対する防衛術で実技が行われると言っていたから予習しておかなければ。
パラパラと小気味の良い音を立てて教科書を捲る。お目当ての場所を見つけ、僕は予習に集中した。



どれほど時間が経ったのだろうか。
ふと顔を上げると、徐々に生徒が集まりだしていた。かぼちゃジュースを飲みながら、再びグリフィンドールの席に目を移す。
そこでは実の兄が楽しそうに話をしている様が映った。大方悪戯の話でもしているのだろう。親友のポッター先輩共々笑い方がえげつない。

それに苦笑しながら扉を見る。
入って来る生徒は多いが、彼女は見当たらない。
再び教科書に視線を落とす。その時だった。


「リリー!ルネ!こっちだよ!!」


聞きなれたポッター先輩の声が響いた。
あぁ、またエバンズ先輩に夢中なのか。

何気なく顔を上げた僕は、危うくかぼちゃジュースを吐き出すところだった。

エバンズ先輩の隣で眠そうにあくびを噛み砕いている女性が目に入る。
長く癖のついた黒髪を揺らして入ってきたのは、昨日から僕の頭を離れない彼女だった。

彼女はエバンズ先輩の後に続き、兄とポッター先輩の前に腰かける。
詰まるところ僕からはその背中しか見えなくなったわけで。
残念というかなんというか。思わず溜息を吐いてしまう自分に内心苦笑した。

どうやら自分は重症らしい、と。

「でね、今日は階段の上からフィルチに糞爆弾を投げつけようと思うんだ!」

熱弁しているポッター先輩を前にエバンズ先輩は(顔は見えないが)冷めた様子だ。

「いい加減にしたら?貴方達のせいでどれだけ減点されてるか分かってる?」

憤慨しているのか、彼女の豊かな赤毛が喋る度に揺れている。
一方隣の彼女はうとうととしていた。朝は強くないらしい。

「ほら、だから言ったじゃねぇか。エバンズには言わない方がいいって。」

頬杖を着きながら兄が気だるそうにクロワッサンを口に運ぶ。その横で彼を熱視線で見つめる女生徒が多数いる事に彼は気付いているだろうか。

「ルネは良い作戦だと思うだろう!?」

彼女はルネと言うのか。
ルネ―――先輩は軽く頭を掻きながら頷いた。

僕には面倒なだけに見えるが、気のせいだろうか。
だが、ポッター先輩の顔はみるみる内に輝く。兄も不敵に笑っているのが目に入った。

「やっぱりルネは悪戯仕掛け人になるべきだ!!」
「ちょっと!いつもルネを勧誘しないでって言ってるでしょう!!」
「いいじゃねぇか、別に。」
「いいわけないでしょう!」

ぎゃいぎゃいと騒ぎまくるグリフィンドールのテーブルに視線が集まる。が、その正体が悪戯仕掛け人だと知るや否や、皆またかと視線を逸らしていた。

だからか、と僕は思う。

いつもの事だと大して注目しなかった為に彼女の存在に気付かなかったのだ。

じっと先輩を見つめてしまったことにハッとして、独りでに赤くなった頬を誤魔化そうと、かぼちゃジュースをがぶ飲みする。

隣の生徒は何事かと僕を凝視していたが、無視を決め込んだ。
どうしよう、物凄く恥ずかしい。

「よう、レギュラス。今日は早かったんだな。」

悶々とした考えを遮るように現れたのは同室のマイクだった。
曖昧な返事をしつつ、彼との会話に意識を向けようとするが、無理だった。

だって視界の端では彼女がスープに頭を突っ込んでいたから。

瞠目する僕の視線を追ってその光景を見たマイクが、あぁ、と笑う。


「ルネじゃないか。」


慣れ親しんだような呼び方に僕は勢いよくマイクを振り向いた。彼は驚いたような顔を僕に向けたが、問題はそこではない。

「知り合い?」
「うん?この間図書館で会った時に本を快く貸してくれて、その後何度か話したんだ。」

マイクはスリザリンだが、グリフィンドールに対し敵意を持っていないらしい。それ故か寮を超えた知り合いが多い。
スリザリン気質の者はそれを良く思っていなようだが。

「結構有名人だぜ。知らなかったのか?」
「有名人…?」
「あぁ、ほら、悪戯仕掛け人達とよく一緒にいるから。」

彼の指の先を辿れば、エバンズ先輩に揺り起こされているルネ先輩。
どうやら寝ぼけてスープに突っ込んだらしい。

兄はゲラゲラと腹を抱えて笑い、ポッター先輩は何やら彼女に呪文を唱えていた。恐らく汚れを取る気なのだろう。

「そのせいで最近は女子からのやっかみが凄いらしいけどな。」
「やっかみ…?」

聞き捨てならない言葉に僕は眉を顰める。するとマイクは頷きながら、眉を八の字にした。


「悪戯仕掛け人の誰かと付き合ってるらしくて、そのせいでいじめが絶えないんだと。」


その言葉に、僕は落雷を受けたかのように身体が動かなくなった。


(予想しなかった後悔)


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