5
夕食取る中、僕の意識は目の前の皿ではなく、奥にあるグリフィンドールのテーブルにあった。
そこには楽しげに食事をしているルネ先輩。
エバンズ先輩と何やら話しながら、時折声を立てて笑っている。
その傍にはお決まりの様に座っている悪戯仕掛け人。
段々眉間に皺が寄ってきた時、肩を叩かれた。振り向くと、苦笑しているマイク。咳払いをして、意識して眉間に寄った皺を直す。
「また見てたのかよ。本っ当大好きだな。」
「…五月蠅いな。」
大した否定も出来ないまま、僕は肉を頬張る。すると、マイクがごくごく、小さな声で呟いた。
「ルネの付き合ってる奴だけどさ、分からないんだよ。」
その一言に、また眉間に皺が寄るのを感じた。訝しんで、隣りのマイクを見ると、肩を竦め、お手上げというように手を上げていた。
「なんか、色々ありすぎて。」
「色々…?」
「そう。最初はルーピンと付き合ってるって聞いたんだけどさ、今度はシリウス・ブラックと出来てるんだとか、ペティグリューだとか、挙句ポッターだとか。」
訳が分からないというように首を捻れば、彼も鏡の様に首を傾げた。
「それじゃあ絞れないじゃないか。」
「うん。だからいっそ本人に聞いた方が早いだろ。」
あっけらかんと言い放たれ、僕はスプーンを落とした。乾いた音を立て、机に転がるそれを尻目に、僕は溜息を零した。
「簡単に話しかけられたら苦労しない。しかも開口一番に誰と付き合ってるかなんて聞いたら意識してる事がまる分かりじゃないか。」
「そうかぁ?アイツ案外鈍いから大丈夫だと思うぞ。」
その発言になんとなくムッとした。
僕よりも彼女を知っていると言う事が、少し嫌だった。
「ま、取りあえず。今日の罰則頑張れよ!!」
くくっ…とマイクが喉で笑う。
イラッとしたので、彼の足を力いっぱい踏みつけておいた。
抗議と非難の声がマイクから飛んできたが、黙殺しておく。食事に戻ろうとすればルネ先輩が席を立つ姿が見えた。
それに続くようにして悪戯仕掛け人達も席を立つ。遠目から見れば、ポッター先輩と親しげだが、エバンズ先輩にお熱な彼が、ルネ先輩と付き合うだろうか。
答えはNOのはずだ。
さっさと食事を済ませ、僕は罰則の待つ教室へ向かった。彼女に廊下で会えないか、なんて淡い期待を持ちながら。
結果的にいえば、彼女には会えなかった。
出会ったのは昨日の事なのに、遥か昔の事の様に感じる。
思い起こせば、今日は一日中彼女の、ルネ先輩の事を考えながら過ごしていた。自分自身に苦笑しながら、先生から受けた指示の通り教室を掃除する。
マグル式なんて、面倒な事この上ないが仕方あるまい。
二つめの机に取り掛かった時、教室の扉が乾いた音を立てて開く。
先生が入って来たのかと思いきや、そこに立っていたのは一日中考えて止まなかった人。
「あれ?レギュラス君?」
長い黒髪を揺らして話しかけてくるルネ先輩にらしくもなくどもる僕。
何でもない風を取り繕いながら、応える。
「授業で失敗してしまって、罰則を。」
「へぇ…?意外だね。失敗なんてしなさそうなのに。」
そう言って、彼女は僕の隣をすり抜け、前から二番目の机に近付く。
そして、その机に乗っていた本を掴み、ぱらぱらと捲った。
「何、してるんですか?」
「ん?これ私の。授業で忘れちゃって。」
自分のと確認した後、ルネ先輩は再びソレを机に置いた。
目を瞬く僕に、彼女は微笑んだ。
「で?罰則って?」
「え…あ、教室を掃除する事です。」
「マグル式?」
「はい。」
ふぅん、そう言って彼女はおもむろに雑巾を取り出し棚を磨きだした。
驚いて声も出ない僕に彼女は笑いかけた。
「早くしきゃ。消灯時間過ぎちゃうよ。」
「で、でも…」
これは僕の罰則で…。そう続けるとルネ先輩は何も答えなかったけれど、相変わらず微笑みを湛えていた。
「二人でやった方が早いでしょ。私暇だから気にしないで。」
さくさくと掃除を進めてしまうルネ先輩の後ろ姿に、どうしようもなく嬉しくなった。
何というか、馬鹿みたいに好きだと実感してしまう。
彼女だけに押しつけてしまわぬよう、必死に掃除を進め、消灯時間の30分前には何とか終わらせる事が出来た。
「あ”ぁ〜…疲れたぁ…。」
綺麗になった机に寝転がっているルネ先輩に僕は苦笑した。
本当に僕より年上なのだろうか。
「すみません。手伝わせてしまって。」
「いいよ。気にしないで。本当に暇だったし。」
ころころと転がる彼女は眠そうだ。
少し申し訳なくなりながら、それでも嬉しかった。
そして時計を見る。
本当は早々に寮に帰ってしまいたいのだが、彼女が此処にいると言う事が僕の足を留めた。
彼女がいる間は此処にいようか。
そう決めて、僕は適当に腰掛ける。
当然のように椅子に座った僕に彼女は小さく笑った。
花が綻ぶような笑みに、僕の心拍数は急に早くなる。
「机に座らないところが、君らしいね。」
「そう、ですか?」
首を傾げると、彼女は起き上がり、僕を見つめる。黒の瞳に射抜かれ、居心地が悪い。勿論、悪い気はしないのだけれど。
「だってジェームズやシリウスだったら絶対机に座るから。」
そう言って思いだしたように笑う彼女は文句なしに綺麗だ。
だが、今彼女の頭の中にあるのは間違いなく他の男の事で。
それが無性に腹立たしくもあり、悲しかった。
僕の知らない彼女を、彼らは知っているから。
「…ルネ先輩。」
「お。本当に調べたんだね、名前。でも先輩は余分かな。」
へらっと笑う彼女にくらっと逝きそうになりながら、僕は思い切って尋ねた。
「付き合ってるって、本当ですか?」
単刀直入に問いを投げると、まさかそんな質問がくるとは思っていなかったのか瞠目するルネ。
少し間を置いてから、彼女は困ったように笑う。
「うん。そうだね。」
どこか煮え切らない答えだ。訝しみながらも、僕は矢継ぎ早に問いを投げる。
「誰と付き合ってるんですか?ポッター先輩ですか?それとも兄さんですか?」
「え、いや、あの、ちょっと待って。その前に聞いて欲しい事が…」
ばたぁん!!
「ルネ!!遅いじゃないか!!」
「ったく、教科書取りに行くっつって、どんだけ経ってると…」
盛大な音を立てて開かれた扉を振り向けば、遠慮なしに入って来るポッター先輩と兄さん。
二人は僕を見て、目を丸くする。
そしてルネと僕を交互に見やった。そうしている所は僕以上に兄弟に見える。
「…何してるんだい、二人で。」
怪訝な表情をしたポッター先輩が尋ねる。その表情には苦みが走っていた。
(スリザリンがルネに近寄るな)
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