2話

暑い。
日がじりじりと焼き付ける。頬が真っ赤になり、さっき飲んだスポーツドリンクの冷たさがどんどん消えていく。

「誰得なんだよこの行事…」

そう。体育祭である。

私は別に体を動かすことは嫌いではないし、体育祭の熱気も割と好きだ。
でも私が言いたいのはそこではなく。

暑い。死ぬ。体育館でやれよこんなん。そんなにお金ない学校じゃないはずなんだけどここ。
私体育祭で中学校時代3年連続熱中症起こした女だぞなめんな。
2年生のときなんて頭痛酷すぎて早退だったからな。どこが勝ったか聞きそびれたから勝ったのかすらわからないし。

何が言いたいか。つまり。
私は今の借り物競走で引いた「好きな人」というカードに大変困っているということだ。
さっきまでの言動で何一つ伝わらない内容。無念。

ほかの人たちも困っているようで、何やら「胡散臭い人」やら、「バレンタインにチョコ貰った人」やら書いてある。
いやこれ心えぐってくるな。誰が書いたんだよ。
なんかいちいち的確なんだけど傷のえぐり方が。
私のやつがマシに見えてくるよおかしい。

…とまあ色々言ってみたけれど、便宜上ここはカトルを連れてくるのが一番いいのだろう。
ただ、問題がある。

「審判アルベール先生じゃん…」

アルベール先生は嘘を見抜くのがとても上手い。さっきから数人が挑戦してるのに通過しないのは実にあの人の働きと言えるだろう。
なんかそのおかげで本当に告白している人やヒヒイロカネ持ってるとかいるけど。どっから持ってきたのヒヒイロカネ。欲しいよ。

「…当たって砕けろ!だよね!」

私はため息をつく心を叩いて応援席へ向かう。
私はカトルの手を握る。あれ、手を握るのはこれが初めてな気がする。

近くの一年生は困惑した表情やにやにやとした表情をしているし、同級生や先輩たちは半ば冷やかしと呆れを混ぜた表情をこちらへ向ける。

「カトル!来て!!!」
「は?」
「私の好きな人連れてこなきゃなきゃいけないんだって」
「お前他に好きな人いないわけ?」
「いるけどいないから来て!」
「うわっ、ちょ」

私は立つ気のないカトルの手を思い切り引っ張り立たせる。
ああ、随分とまあ目立っている。

「恥ずかしいなあ」
「アンタ羞恥心とかないだろ」
「おい失礼だろ華の高校二年生女子に対して!!」

私はカトルの手を握ったままアルベール先生の所へ走った。


「_____いいぞ」
「えっいいんですか?」
「なんでお前がそんな反応なんだよ」

何故か私は借り物競争で審判をクリアしていた。まさかまさかである。
もしや判定が甘いのか。私がカトルを好きなわけがないのに不思議なものである。
でもアルベール先生は全く贔屓はしない人だから、判定が甘いならみんなに対しても甘いだろう。

「んんんん…」
「一発でクリアしたくせに二位とか…」

カトルがなんか言っている。
君が速やかに立って一緒に言ってくれれば一位だった(かもしれない)よ!と伝えると「人のせいにすんな」と言われた。
酷いなあと言うと無言で睨みつけられたのでもう何も言いません。

「でもやっぱり借り物競争するんだったらさ、好きな人に告白するとかそういうことしてるの青春っぽいよね」
「…お前やっぱり僕のこと好きじゃないよな」
「まっさか。大好きだよ?」

恋愛対象としては全くないけれど、一年間告白していた中で、カトルは難があるけど優しいし、人の努力とかを踏みにじったりすることなんてないのだ。

「やっぱりカトル良い奴だよね」
「良い奴が迷惑してんだから告白やめたら?」
「うーん…これはもはや本能みたいなもんだから!」
「…」

カトルがこっちを「なんだこいつ」みたいな目で見ている。確かに気持ち悪いよねこんな奴。むしろなんで通報されてないのか不思議なレベル。

いつの間にか借り物競争が終わり、パン食い競走の準備を委員が始めていた。まったく、この暑い中お疲れさまである。

あっまってあのゲスト枠で入った蒼い髪の子めっちゃ超速でパン吸い込んでるやばい。

「ルリアー!!!がんばれー!!」

一際大きい声が少女を応援する。

ルリアはすごく美味しそうにパンを頬張っているが、競技だからゴールテープ切らなければいけないのでは。

あれ、そういえばなんで私は少女がルリアだと分かったのか。

…まあ流れか。当たり前だよね!

「おい、お前なにぼーっとしてんだよ。次の競技の準備……」

私はルリアを応援した声の方へ目を向ける。
カトルが私に声をかけ、私の目線の先を見た。

「__団長さん?」
「え?」

私は小さくカトルが呟いた声を聞き取りきれなかった。

頭にリボンをつけた金髪の女の子は私たちの方を見てにこりと笑って手を振った。

あの手の振り方。目の色。雰囲気。全てが懐かしく感じた。

頭が痛い。そろそろ熱中症起こしたか。心なしか体も震える。

何か、私は重大なことに気づきかけているのではないか、と思いながら私は体に染み込みきった暑さに思考停止してしまった。

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…だからと言ってこのシチュは少女マンガだぞ私生粋のジャンプ生まれジャンプ育ちの少年マンガ人間なんだけど。

まぶたを開けると、何故かベッドの横にカトルがいた。
彼は何故かぼーっとしていて、私が起きたことには気づいていない。

「…なんだよ」

まつ毛やっぱり長いなというテンプレ的な感想や文化祭では絶対に女装させてやろうとかしょうもないことを考えながら私がカトルを食い入るように見つめていると、気づいたらしく私に対して言葉が向けられた。

「私倒れた?」
「ああ」
「oh…」

病弱だったり倒れていいのは美少女って相場が決まってんのに……やらかしたわ…文化部もちょっと仕事あったから先輩に殺されるわ。やっべ。
あ、美少女と言えば。

「カトルさ、体育祭にいたあの美少女たち知ってるの?」
「美少女たち?」
「ほら、あのパン食い競走でパンを一瞬で吸い込んでた女の子と応援してた子」
「…ああ、あの人たちか。なんで」
「なんかあのリボン?みたいなのつけてる女の子見てなんか呟いてたから」

こっちに手を振られたし、と付け足せばカトルは少し表情を変えた。

「……」
「沈黙やめようよ時間の無駄だよ」
「お前のいつも喋ってることも時間の無駄だよ」
「ひっでえ」

で、知ってるの?と再度尋ねる。

「…よく分からないけど口が動いた。自分が何を言っているのかはまるで分からなかったけど」
「それ私の告白と一緒じゃん。まさかカトルくん運命の人見つけちゃった?」

「は?お前何言ってんの?」と言うような目が体を貫通して心を突き刺した。これはひどい。

「…あの人は運命の人じゃないと思う」
「ふぁっ?え??おん???」

やべえ気が動転して変な声が出た。
え、まさかカトルくん運命信じてる系ですか。マジか。意外も意外。

「帰るぞ」
「待ってまさか待っててくれてたのカトル好き…というか誰が保健室まで連れてきてくれたの?流れで言うとこれ確実にカトルなんだけど」
「置いてくわ」
「待って!!!高速で準備するから!!!」
「重かった」
「お前本当に言っていいことと悪いことがあるんだよ!!!運んでくれたんだねありがとう好き!!!!!」