5話
ずっと見ている夢がある。
明晰夢なのに、自分の思うように進まない夢。
そこには自分ではない自分がいて、血の繋がっていない家族がいた。
家族を守るために血を流したし、流せさせた。
少し仄暗い日常が、ある日彼らに壊された。ひどいお人好しで、足をひっぱってしまう仲間だろうと他人だろうとを見捨てない非合理的な人たち。
それを自身は案外気に入っていたのだと思う。
悪くない人生を自分は過ごしていたのか、と夢の中で思った。きっと後悔なんてしていないのだろう。
人一番の物好きに、恋をしてしまった以外は。
彼女はずっと自分に構っていた。
自分に向けて、好きだよと暗い世界では信用出来ない言葉を吐く。
「君に会えて私は幸せ者だなあ」
自身ではない自身が情けないことに惹かれてしまったのだから、きっと当人は自分で思っているよりもずっと彼女に恋をしていたのだと思う。
遅かった。
何回見てもそこで夢は終わってしまう。
彼女が死んだ瞬間に、涙すらも出なかったときに、
自分が彼女のことを好きなのだと気づいてしまったのだ。
それしか後悔はないし、それ以上の後悔など存在しないのだ。
「…またか」
夢の中で恋をして、夢の中で恋を失う。
こんな夢、見たくもないと言うことができれば、そんなことが出来たのなら、
自分はもっと楽に生きることが出来たのだろう。
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「そういえば文化祭で焦ってたんだけどその前に夏休みあったね、宿題なんて消し飛ばしたい」
私は夏休みの宿題を見つめながらそう宣う。
「お前って最終日に徹夜して終わらせそうだよな」
「当たり前じゃん、夏休みの宿題は徹夜で終わらせる!これ全世界の常識!」
「あらかじめ早く終わらせてるやつを全否定みたいなのやめろ」
「遊ぶことが夏休みの仕事だろ!私暑くて家引きこもりがちだけど!」
なんで宿題なんて出すんだよ!!!と私は机を叩く。
「うるさい。文字がズレる」
「エルーンって耳いいんだっけ、私は視力がいいよ」
「訊いてない」
「もっと優しくても良くない?」
「してる」
この夏休み前授業最終日に放課後に話しているなんて私たちは一体何をしてるんだろうね、と文字を書きつけるカトルに言う。
「部活行け」
「今日は部活無いんです〜」
「部活無い日多くないかお前」
「特に大会とかないからねえ」
ボードゲーム部なんてみんなが持ち寄ったゲームをしたり、謎ルールのゲームを作ったり、たまに優雅にチェスでもやると思ったら何故か人生ゲームに移行するというあまりにもしょうもない部活だ。
部長とかは能力が高いし締めるとこは締めるから先生に睨まれるだけで済んでいる。しょうもない人だけど。
宿題を鞄にしまい、この前買った小説のカバーを手にとる。
「今日カトルは部活ないの?」
「ない」
「珍しいね」
「なんで吹奏楽部の休日事情を把握してるんだ…」
「カトル見てたらね、そりゃ分かるよね」
「暇人かよ」
「これでも頭はいいんですけど」
「文系だけだろ」
「正論で殴らないで」
私は小説のページをめくった。
カトルは大抵放課後学校にいる。
仕事が多くて疲れないのか。カトルくらいならこれ以上しなくても推薦とか取れるだろう。けど、きっとカトルはそういうこと以上に責任感が強い。だから沢山の仕事を抱えているのだろう。
仕事を沢山やって、厳しくて口が悪いカトルのことを怖いと敬遠する人が多いけれど、これも彼の分かりにくい優しさなのだ。
「…何笑ってんだよ」
どうやらにやけていたらしい。
カトルは顔をしかめる。
シワ増えるよ。
「いや、私カトルみたいな人の親友になれて良かったなって」
「…は、」
本から目を離さず私は言った。
「私はカトルと会えて幸せ者だなあって思ってね」
「…」
カトルが黙りこくる。
何故だろうと重い私は本から目を外し顔を上げた。
「…どうしたし」
シャーペンの動きを止め、驚いたような顔をしているカトルと目が合う。
照れているわけでもない、ただただ驚いたような表情をしていた。
「…なんか、」
カトルが口を動かす。
「懐かしい気がした」