ヒュースと話すだけ

君が特別になりませんように。

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「ヒュスーーー!トリオン体に変えて!たい焼き食べに行こう!」
「は?」

休日の昼下がり。
私はヒュースをたい焼きを買うのに誘った。

「買ってくれば良かっただろう」
「ヒュースと一緒に歩いて買うことに意味があるんだよ」
「意味がわからない」

走ってきたことで荒れた髪をとかし、靴を履いた。

ヒュースは律儀に玄関で待っていた。

「行こうか」
「ああ」

二人とも歩きやすいスニーカーなので、よく擬音にある「コッコッ」みたいな音はならなかったが、代わりにザッザッという私とヒュースの足音が合わさった音が聞こえていた。

「…見られている」
「ん?」

少し歩いて、学校の近辺になると集まる視線が出てきた。

「ヒュースの顔がいいからでしょ」
「そういうものなのか」
「うん」

ちょっと嘘だ。これはどっちかと言うと「なんであんなイケメンが藤村と歩いてるの」って方面である。

「藤村も充分顔はいいだろう」
「え?何?褒めてる?」
「問題は中身だ」
「そっちの方が傷つくわ」

駄弁りながら商店街のあたりまできた。

「待ってヒュース、見逃してたけどカレーパンとかたこ焼きとか焼きそばとかメンチカツとかある」
「別にオレは特別なにか食べたい訳じゃない」
「今言った中でこっちに来て食べたことないのは?」
「メンチカツ?というやつだ」

カレーパン食べたの?ずっと支部にいるのに?みんな持ってくるのはお菓子ばっかなのに?

「じゃあとりあえずメンチカツ買おうぜ、私はたい焼き買ってくる」

チャリ、とヒュースの手に小銭を置いた。

「…買い物出来る?お釣りとか大丈夫?」
「バカにしているだろう」
「ごめんて」

少しからかいすぎた。私はへらりと笑ってヒュースと分かれた。



「…うまっ」

冬の日のたい焼きの買い食いはおいしい。
知ってはいたがあまりにも可愛げのない言葉が出てしまった。

自分よりも10センチほど高い身長がこちらに来ているのを見つけ、声をかける。

「ヒュース、メンチカツ買えた?」
「ああ」

ヒュースは買い食い系の店舗特有の紙袋を少し破り、メンチカツを食べた。

「一口ちょうだい」
「図々しい」
「いいじゃん」

なんだかんだ差し出してきてくれたそれを食べる。

「おいしい…最高…」
「…なんでメンチカツを買わなかったんだ」

いや、なんか甘いものが食べたくてさあ、と返事をした。

「楽しいねえ」
「買い食いしているだけだろう」
「それが楽しいんじゃん」
「そういうものか」
「そういうものだよ」

律儀にヒュースは歩幅を合わせながら歩いた。

「何でお前はいずれ離れると分かっている奴とこんなに接することが出来るんだ」

その質問を投げられたのは、特に何もない場所で歩いていたときだった。

突然どうしたの、と訊ねると質問で返すなと言われてしまった。

「…いつかさよならする人を忘れないためにたくさん思い出を作ってるんだよ」
「お前は物好きだな」
「ヒュースが好きなんだよ」

よく言う台詞を繰り返した。

「人間、いつだって別れが来るからねえ。どうしようもないことに噛み付くの、おこがましいと思わない?」
「…悲しくはないのか」
「会った瞬間からゆっくり別れは近づいてくるんだよ。だから、一番別れより遠い今を過ごすべきだと思うんだよね!
だから悲しくなんてないんだよ。ほんの少しだけ、ちょーっとだけ、寂しいけどね」

それが、普通ってものじゃない?と、語尾にハートや星でもつけるかのようなトーンで言った。

「よく言う。普通なら別れを怖がって思い出なんて作りたがらないだろう」

知っている。「普通」なら、きっと思い出を作ること自体はばかられるのだ。

所詮他人だから、と割り切れる人の方がおかしいのだろう。

「ねえヒュース」

わたしがいなくなったら、かなしい?

いつもの自分よりもはるかに言葉はたどたどしかった気がする。

その返事が否定であるように願った。
そうすれば、ヒュースが消えてもいつものように受け入れられるはずだから。

「ああ」

そんな返事は、欲しくなかったなあ、と心のそこでほわほわとする感情ごと切断した。

なんで、少し口角を上げながらそんなことを言うのか。

どうしようもなく泣きたい気分だった。

「そっか。頑張るね」

これはいけない。
私はこの場にいるべきではなかった。
ヒュースと一緒に歩くべきではなかった。

ヒュースがいなくなったとき、からっぽにはなりたくない。

「何をだ」
「ヒュースが居なくなったときに、きちんと割り切れるように」

「オレはお前に悲しんでほしい」

ヒュースは日常会話でもするかのようにそう言った。

「…変な事言うなあ」

「お前にとっては、誰一人特別じゃないんだろう。だから、割り切れるんだろう」

オレは悲しんでほしいと、割り切ってほしくない、とヒュースは私に宣った。

「…性格悪いね、乙女にそんなこと言うなんて男失格だよ」
「どの口が。お前よりは良いだろう」

いちいち人の別れを悼むほど優しい心は捨てたのだ。
性格は悪くて当たり前だ。

「……ヒュースのその理論で行くと、さっきの言葉は私の特別がいいという理由になるんですけどそれは」
「そうだが」
「…いつからヒュースそんな子になったの…そんな風に育ててない…」

「育てられた覚えはないな」