いやらしい寄り道

カーテンの隙間から太陽の光が差し込むことで朝が来たと理解する。隣に寝ている黒髪の人がまず視界に入る。それから壁にかかっている時計を見る。時刻は六時。ひかが来るまでは、あと一時間半はある。

そっと体を起こし、隣で寝ている人の体を揺する。眠た気にもぞもぞと体を捻り、私の腰を引いてお腹の横に顔を埋めて来た。

動かない左腕は、彼の手が当たろうと触れようと、何の感覚をも伝えては来ない。ふわふわとした髪に指を絡めてみようと思っても、左の手でそれはかなわない。

「千里さん、六時」
「んー……もうそげん時間?」

のんびりとした動作で体を起こして、彼は一つ大きな欠伸をした。その表情を見ると、私もついつい釣られて欠伸をしそうになる。

こんな関係になったのは、いつのことだっただろう。中学の頃に千里さんとひかが同じ部活だったことは知っている。千里さんとの面識は、ひかが送り迎えをしてくれたり、ひかに用事があって部室に行った時に数回会ったことがある程度だった。

先に千里さんが卒業して、それでもう、二度と会うことは無いはずの人だった。幼なじみの先輩が私の知り合いというわけでは無いのだから。



けれどもどこから番号を手に入れたのか、千里さんはある日突然あたしに電話をかけてきた。部活に行っているひかを待つ間の話し相手に、と千里さんは受話器の向こうで笑っていた。

嫌な申し出では無かった。ひかには部活に集中して欲しかったし、私の世話を押し付けられた可哀想なひかに、少しでも自由になって欲しかった。

だからかかって来た電話は拒まなかったし、私が一人暮らしをしていることを伝えて部屋に行っても良いかと聞かれた時も断らなかった。そうして、そのまま。

「なぁなぁ、千里さん」
「なんね?」
「男の人って突っ込むだけで楽とか言われるやん? でも万が一の責任はめっちゃ重いやんなぁ」

二人何も身に纏わないまま、ぼんやりとベッドの上で指を絡めたり、肩にもたれかかったりする。大きな千里さんの体は私の何もかもを支えてくれるだろうと思わせてくれる。

だからこそ、気になったのかも知れない。他の人であれば、電話がかかってきたとしても話し相手になってくれたとしても、きっとこんな関係までには及んでいなかっただろう。

「いきなりやね……まぁ、好きな相手にはそれだけ本気ちこつばい」
「本気、なぁ……。千里さんは、私のこと本気なん?」
「はは、責任とっちゃるくらいには本気やねぇ」

私が好きなのはひかだ。でも、もしこの想いを伝えたところで、私の事を好きだとひかは返してはくれないだろう。

体の隅々までを知っている。手の動かない私よりも、私の体を自由に出来る。それでも今日まで、何もして来なかったのだ。一夜だけでも、過ちがあっても良かったのに。

それはひかが子供が出来た時までの責任を負いたく無いと思っているからなのかまでは解らない。けれどもきっと、好きでないから手を出さないのだ。

千里さんのことは遊びだけれど、ちょっと横道にそれているだけだけれど。もし子供が出来てしまったとしたら、私はそれをすんなり受け入れるだろう。それでひかが解放されるのならば。



「ほな、また」
「うん、光くんにもよろしく」
「あはは、何をよろしく言うんですか」

玄関でそんなことを少し話したあと、千里さんは帰って行った。中学の時は出席状態はあまり良く無かったと聞いているけれど、今はちゃんと高校に通っているのかなぁ、なんてことを考えながら見送って私も部屋に戻り、パジャマを着てベッドに潜り込む。

こんなこと、ひかには内緒だ。元部活の先輩と情事に及んでいると知ったら、ひかはどんな顔をするだろうか。気持ちが悪いと罵るか、それとも無言で私の前から消えてしまうか。どちらにしても、ひかを失う事なんて耐えられない。

本当は、一人で服も着られる。髪だって複雑な事は出来ないけれど、まとめるくらいであれば出来る。それでも全てをひかに任せるのは、ひかに全てを知って欲しいから。私の体の全てを好きに出来るのはひかだけだって、知って欲しいから。

だから今日も私は、昨日の夜にひかが着せてくれたパジャマをもう一度来て、さも今起きたと言わんばかりの顔で、ひかが起こしてくれるのを待つ。

(20130125)