寝るならもう起きるな

心臓に悪い、と思った。

こんなにでかい図体をして、こんな風に甘えてくるなんて。いきなり私に向かって押し倒すように抱き着き、微動だにしない千歳の背中を片方の手でさする。

もう片方は私の腕では回り切らないくらい大きな千歳の腰に回し、ぼんやりと思う。出逢った頃はこんな風に弱い所を見せたりせぇへんかったのになぁ、と。



千歳と出逢ったのは、中学三年に上がる春休みのことだった。出逢ったと言うよりかは、見掛けたと言った方が正しい。現に、覚えているのは私だけだった。

近所のコンビニへ出掛け何となく雑誌を立ち読みしていると、左隣に大きな影が出来た。横目でちらりとそちらを見れば、少し見上げただけでは顔を拝めないくらい背の高い人間が立っていて、思わず一歩右へずれる。

逃げるように雑誌を棚に戻し、お目当てのジュースとお菓子を手に取ってレジへと向かう。店の奥からだと、先程の人の全身を見ることが出来た。

でかい。とりあえず、でかい。二メートルあるのではないだろうかと言うくらいでかい。窓に向かって立っているせいで顔はやはり拝めなかった。それが、最初。



「千歳千里です」

一目であの人だと解った。まさか中学生だったとは、と笑いを堪える。けれどもよろしく、と笑った千歳の表情は、よく見れば何処と無く幼かった。

席が左隣になり、今年の分はあるものの去年から継続して使う教科書が揃っていないらしく、社会の時間に地図帳を見せてあげることになった。

見せてあげているというのに彼はどことなく上の空で、窓の外を眺めては欠伸を繰り返している。余裕やなぁ、今年は受験やっていうのに。

「名前、何ていうと?」

横目で見ていることに気付かれたのか、千歳の方から声をかけられる。名前って、さっき席を教える時に先生が野田の隣って言っていたのに。

聞いていなかったのかと溜め息を吐き、私は教科書の裏を見せてマジックで書いた名前を指差した。授業中に私語はしたくない。この時期、内申に響くから。

「遥ちゃん、ね」

馴れ馴れしく下の名前を呼ばれ、思わずばっと彼の顔を見る。一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにへらりと笑った。

両手はポケットに突っ込んで、履いている下駄を足でカタカタと鳴らしている。なんやねん、下駄て。お前はいつの時代の人間やねん。

「やっとこっちば向いた」

嬉しそうに弾んだ声で言った直後、彼は机に突っ伏した。それからその授業が終わって二限になっても、彼は起きなかった。

何なん。名前聞いといて教科書も見せてもらっといて、この態度は何のつもりなん。

ぐるぐると考えながら、もういっそこのまま起きない方が平穏なのでは無いだろうかと思ってしまうほど、最悪だった。そんな第一印象。

(20120721)