声が、聞こえた。
今日もまた千歳を探すため、私は休憩の度に校内を歩き回っていた。二限と三限の休憩では見つからなかった。
お昼を食べ終え、せめて昼からだけでも席に縛り付けてやるわ覚悟せぇや、と意気込んで、滅多に来ない特別教室の前まで来てみたら。
「んぁ、ち、とせくん……」
「足ばもっと開いてくれんと……入らん」
甘ったるくて溶けそうな女の人の声と、その後に少し掠れた千歳の声が聞こえた。授業では滅多に使うことが無い第二美術室。
私も入ったのは授業で使う画材を取りに来た一度だけだというのに、一体いつここの存在を知ったのか。ちゅうか中学生が昼間っから何を盛っとんねん。
わざとらしく足音を立てて外を歩いてみると、中から漏れていた声が小さくなる。廊下の陰に隠れてじっと身をひそめると、しばらくして中から女子生徒が慌てた様子で出て来た。
千歳は出て来ない。あいつ、午後からの授業もサボるつもりちゃうやろな。女子生徒の姿が見えなくなったところで、私は第二美術室へと乗り込んだ。
「ええ身分やなぁ、千歳。昼間っからこんなとこで可愛え子とお楽しみかぁ?」
「あは、やっぱり遥やった」
「やっぱりって何やねん」
「そろそろ見つかるかち思っとったと。遥、鼻が効くけん」
中に入ると、制服のシャツがだらしなく着崩れたままの千歳が床に座っていた。隙間から見える胸板はしっかりとしていて、スポーツマンらしい。
少しだけ赤くなっている頬が、先ほどまでここで行われていた情事を物語っているかのようで、どこか気まずい。ちゅうか、人を犬ころみたいに言うな。
「いっつもここであっはんうっふんやってたんか」
「んー、いつもってわけじゃ無か。誘われた時だけばい」
「ほな、別に彼女とかとちゃうんやな」
誘われた、なぁ。くだらない誘いに乗る千歳も悪いが、誘う女も女だ。こんな不真面目で掴みどころの無い男の何処が良いのか。
白石の方がよっぽど真面目で優しくて男前で、頼りがいもあるだろう。彼が人気なのには何の疑問も不満も無い。
「遥、妬いてくれたと?」
「はぁ? 何をどうしたらそうなんねん」
「彼女じゃないんやな、ち言うた」
「彼女やったら余計可哀想やと思っただけや」
べしっと千歳の頭をはたき、シャツの胸元を掴む。早よこれ何とかしぃ、授業出るでと耳元で言えば、不服そうに唇を尖らせる。
何やねん、二メートル近くある男がそんな顔してもぜんっぜん可愛く無いで。大きな溜め息を吐くと、千歳にぐいっと右腕を掴まれた。
そのままぐいぐいと私の右手が千歳の足の付け根へと運ばれて行く。制服のボトム越しでも解る熱に、思わず息が止まる。
「これこんままやと、授業は無理ばい」
「あ、あ、あんたアホちゃうどないするつもり」
「遥、抜いてくれると?」
へらへらと笑っていた千歳の顔が一瞬真面目な面持ちになる。いつもなら、そんな冗談を私には言わないはずだ。他の女の子になら聞いたことはあるけれど。
蹴り飛ばして殴り付けてでも逃げなければ。頭はそう言っているのに、目がそらせない。私の手首を握っている千歳の手はビクともしない。身体が、言うことを聞かない。
このまま流されたらどうなるのか。後戻りが出来なくなることだけは解っていて、逃げなければ、誰か助けて、その二つが頭の中で渦を巻く。
遠くで響く、普段は騒がしいだけの生徒たちの声が、今だけはひどく愛おしいもののように聴こえた。
(20120724)