誰が笑えって言った?

「千歳? 最近ちゃんと部活出とるで」

白石と偶然廊下で会った。最近お互いに千歳を探しまわっていないなぁと思い、最近千歳は部活にきちんと来ているかと聞いたらそんな答えが返って来た。

やっぱりそうか。前までの千歳だったら雨でも降るのでは、なんて思ったかもしれないが、今の私の脳裏に浮かんだのはそんな感想だった。

なぜなら、うちのクラスでもここ最近、千歳がほぼ全ての授業にちゃんといるのでどよめきが起こっているのだ。先生なんて嬉しさのあまり涙目になっていた。

それもこれも、あの風邪の一件以来のことだった。生活態度を改めようとでも思ったのだろうか。いや、あいつに限ってそんなことは無いだろう。

「何企んでるんやろなぁ、ほんま」
「……白石もそう思う?」
「そらなぁ、あからさまやもん」

へらりと笑って白石はそう言った。そう、確かにあからさまなのだ。普段の態度も、それから、私への態度も。

年相応と言えば聞こえはいいかもしれないが、千歳は私にヤりたいだの銜えろだのエロいだのを、冗談混じりにあの美術室の一件以来、よく言っていた。

勿論千歳とそんなことをするつもりなんて無かったし、まして誰彼構わず手を出す男なんて最低だとも思っていた。

けれどもあの日以降、そう言った類いのことを一切聞かなくなったのだ。授業も部活もきちんと出ている。帰宅後は知らないけれど、噂にも流れて来ない。

「改心したんかなぁ、それか風邪で頭おかしなったとか」
「遥ちゃん、心当たりあるん?」
「んー、風邪引いたんをちょっと看病したんやけど、それで気ぃ付いたんちゃう」
「気ぃ付いたって?」

不思議そうに白石が首を傾げた。私はそれを横目で見ながら、本当は解っているのに聞いているんだろうな、と思った。それでも何故かそれを私に、あえて口に出させようとする。

かく言う私も白石が何を考えているのかが、何となく解っていた。けれどもそれを理解するのが癪だった。

「ほんまに大事なんはセックスの相手やなくて、ちゃんと世話っちゅうか、千歳のこと見ててくれる人間やって」



「遥! そこまで一緒に帰らんね」
「千歳。あんた、部活は?」
「今日はちぃと用事あるけん、欠席たい。あ、ちゃんと白石は知っとうよ」

帰りのホームルームが終わり鞄を持って帰ろうとすると、隣の席から千歳が私の制服のスカートをくいっと引っ張った。

言われてみれば、今日はテニスバッグで来ていない。欠席の連絡をわざわざ白石にしているなんて本当に変わったなぁ、なんて考えながら、それならええけどと首を縦に振る。

そう言えば、千歳と並んで歩くなんて初めてかもしれない。不意にそう意識すると、白石のあの見透かしたような笑顔が浮かんで来て腹が立った。

「用事って、何なん?」
「びょーいん」
「病院? 何、まだ風邪治ってへんの?」
「ああ、違う違う、今日は眼科。内科じゃなか」
「眼科? あんた目ぇ悪いん?」
「遥知らんかったと? 俺がこっちに来たんは、目ば治す為たい」

校門を出て私の家と寮とは真逆の方向にあるため、そこでお別れかと思えば、千歳は私と同じ方向に歩いて来た。それを不思議に思って尋ねると、思いも寄らない答えが返って来る。

考えたことも、なかった。三年の春に転校だなんて変わっているなとは思ったけれど、てっきり家の都合か何かだと最初に思ったきりだった。けれど、千歳は寮に住んでいる。家族と離れて暮らしている。なぜ気付かなかったのだろう。

「右目ばほとんど見えん。ばってん、俺はテニスば諦めきれんかった」

右目を手のひらで押さえながら、千歳はそう笑った。なんで、笑うん。そんな声で、そんな言葉を笑って言うん。おかしい、泣きそうや。

この男は、どうしてそうなのだろう。平気そうな顔をして、自分が苦しくなることばかりして。授業に出なかったのも、セックスばかりしていたのも、全て自分を苦しめる為のような気さえした。

千歳には本当に、千歳のことを見ててあげられる人間が必要だと、心からそう思った。決してそれが、自分だとは思わなかったけれど。

(20120818)