「野田さんて千歳くんと付き合ってるん?」
高校に入学して一ヶ月が経ったある日、お昼にジュースを買いに行こうと廊下を歩いていると、名前もろくに知らない別のクラスの女子からそう声を掛けられた。
おそらく千歳のクラスの女子なのだろう。ふわふわとした髪に、ナチュラルだけれどもしっかりとメイクされた顔。スカートも自分の身長に合った丈で、『女子らしい女子を作っている女子』といった印象を受けた。
中学時代にも何度かされた質問だ。相手は千歳だったり、白石だったりしたけれど。そういえば高校に入ってから白石とは会っていなかった。同じ高校でもクラスが違うとなかなか会わないものだ。
テニス部にも入ってるみたいやけど相変わらず千歳の面倒見てんのかなぁ、と白石を哀れんでいると、目の前の女の子から「聞いてんの?」と少し苛立った声が投げかけられる。
「……付き合ってへんけど」
「付き合ってへんのに毎朝一緒に来てんの? 帰りは千歳くん部活やから別みたいやけど」
「はぁ、それが何かあんたに関係あるん?」
そら住んでる場所が一緒やからなぁ、とは言えなかった。言ったら余計に面倒そうに思えた。私と千歳が同居していることは、中学時代の千歳の部活仲間しか知らない話だ。
千歳をきちんと見ていてあげられる子になら、千歳をよろしくと言って私は自由になることを選ぶだろう。けれども他の女に嫉妬して、牽制のようなことを聞いてくるようなしょーもない女では、千歳を扱いきれないことは目に見えている。
「関係って……普通こういうこと聞かれたら解るやろ!」
「ああ、おった遥ちゃん」
「白石やん。久しぶり」
目の前の彼女が少し声を張り上げた瞬間、後ろから聞き覚えのある声がきこえ、振り返るとそこには白石が立っていた。高校のブレザー姿は初めて見るから、少し違和感がある。
「さっき遥ちゃんの教室の前通ったら千歳が探しとったで、遥と昼食べようと思ったのにおらんって」
「ほんま? ほな早よジュース買って戻らな」
またあの情けない犬のような顔で待っているのだろうかと思うと気が急いた。こんな場所でどうでもいい話なんてしている場合では無かった。
ちらりと彼女の方に目をやる。なぁ、千歳の会いたい時に傍にいて、ふらふらと放浪するのを許して、一方的な愛を受け止められる? あんたじゃ無理やろ。
「遥ちゃんの席で待ってるわ。俺も買うから一緒に行こか」
「ん」
「ちょっと……話はまだっ」
「千歳のこと好きやったら好きでええよ。告白でもなんでもしたらええ。私は関係ないし」
私の事を呼び止めようとした彼女にそう呟いて、白石と二人で自販機へと向かった。彼女は追いかけて来なかった。大変やなぁ、と白石が苦笑したので、中学の頃から白石と千歳のお陰で慣れてる、と返した。
それもそうかと言った白石に、自覚あるんかいと心の中で突っ込む。それのお詫びか何かは解らないが、白石がジュースを奢ってくれた。得したな、さっきの子のお陰やな。
・
「ちとせー、お待たせー」
「遥! やっと来たー、待ってたばい!」
「ほなまたね、白石」
「ほなまた。千歳ー、ちゃんと部活来るんやで!」
「解っとる解っとる」
教室の前でそわそわとしている千歳を見付け、思わず笑みが零れた。白石に手を振り教室に入ると、私の鞄から勝手に取り出したであろうお弁当箱が、私の机に乗っかっていた。隣には千歳のお弁当箱も並んでいる。
どうしてもお揃いがいいと言う千歳に負けて入学前に買ったそれは、白地に私が黄緑、千歳が黄色の星柄だ。まるで四天宝寺のユニフォームみたいだと私が言ったのが気に入ったらしかった。こんなものを机の上に置いていたら、いかにもと言っているみたいで嫌なのだけれど。
「千歳、今日何時に部活終わんの」
「んー、多分六時ち言うとったと思う」
「ほな帰りにゴム買うてきて」
三ダースセットになった安いやつな、と念を押す。この男と来たら、ほぼ毎日のように体を求めて来るものだから、ゴムの消費が半端じゃないのだ。別に日課にする必要も無いのに。
と言うか、部活でへろへろになって帰ってくるのに、どうしてまだそんな余裕があるのだろう。練習が足りないのか、千歳が手を抜いているのか。いずれにせよ白石及び部員の皆様には、もっともっと千歳をしごいてもらわないと困る。
「えっ、制服で買いに行くと……?」
「あ、それもそうやな。ほなええわ」
「それは、生でヤッても良かちこつ?」
「あほか、今日は無し」
「えー」
「えー、やない」
(20120826)