一年の三学期が終わりを迎えようとしていた。千歳は相変わらずだったが、とりあえず学年末考査も無事にクリアし、二人揃って二年生にはなれるようだ。
一安心一安心、そんなことを考えながら帰路につく。千歳は部活だから夜まで帰ってこないだろう。晩ご飯は私一人で作らなくては。
今日の晩御飯は何にしよかなぁ、寒いし簡単やしお鍋でええかなぁ。白菜無かったから買って帰ろか。ああ、あとポン酢ももう無かったような気ぃする。
この生活を始めて一年が経つのかと思うと、忘れかけていた『何をしているのだろう』という気持ちが久々に湧き上がってくる。毎日のように悩む食事が、いつのまにやら当然のことになっていた。
千歳が私に縋って来ることは、目に見えて減っていた。部活に集中して取り組んでいるのならば良かったが、どうもそうではない気がする。だってまた、白石が千歳を探し私が千歳を探しという日々が、秋頃から始まっていたから。
「一緒におって欲しいっちゅーたんはどこのどいつやねん、ほんま」
この関係は、一体いつまで続くのだろうか。誰ともなく溜息まじりに呟いた声は、静かな住宅街に溶けて消えた。いつか千歳もこんな風に消えてしまうような気がした。
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「ただいまぁ。遥ー」
「なん、今ご飯の用意してるんやけど」
「こん部屋の契約、更新ばした方がよか?」
「……は?」
帰って来て早々、千歳はそう言い放った。彼の汗の匂いと少し土のような匂いが鼻について眩暈がしそうになる。
部屋の契約て、てっきり三年の契約かと思っていた。学生向けのアパートだし、千歳の場合多少の不安はあるものの、普通の学生ならば三年で卒業出来るはずだし。
「遥、家に戻ったりせん?」
「はぁ? あんたが一緒におってって言うから……何なん、もうええんか」
「そうじゃなか! 休みば入ったら実家戻ったりとか……」
慌てた様子で首を横に振る千歳に、なぜかホッとする。どうしてそんな感情が湧き上がったのかは解らないけれど、まるでもう要らないと言われたようで一瞬嫌な汗をかいた。
何事もない風を装って小さく溜息をつく。千歳に目をやると相変わらずおろおろと情けない顔で私を見ていて、少し笑みが零れた。
「別に帰る予定あらへんけど」
「なら引っ越しばしようかち思っとるんやけど、どぎゃんね?」
「引っ越し?」
「同じ家賃でもうちっと広い部屋ば近くに見つけたから……」
四畳半では狭くないかと、ここで暮らし始めてから千歳は何度も私に聞いた。それはそうだ、布団も二枚敷ける広さではないから、いつも二人でぎゅうぎゅうと一つの布団で寝ている程なのだから。
別に、部屋の広さにはなんの不満も無かった。強いて言うなら声が外に漏れているんじゃないかという心配くらいで、他に不便なことはない。
「別にええよ、ここで」
「……遥は嫌じゃなかと?」
「なにが」
「俺と一緒に寝るの」
「はは、今更やな」
千歳は何か不安なのだろうか。引っ越しも、私を繋ぎとめるための彼なりの方法なのだろうか。そんな考えが頭をよぎり、怖いのかと彼に聞いてみる。
静かに首を縦に振った千歳に、申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。私の腕を掴んで俯いた千歳の頭を静かに撫でた。
私の何が足りないのだろう。私はどこで彼を不安にさせていたのだろう。住み始めた頃はあんなに満ち足りたようだったのに。
「どこも行かへんよ、千歳」
「遥……俺、遥がおらんと」
「うん、解ってる解ってる。やからどこも行かへん、な?」
こんなのはもう、ただの依存ということは気付いていた。けれども離れられないのは私も千歳も同じだ。
私を抱き締める千歳の腕に力が入る。掴まれた腕に爪が食い込んで傷を作る。痛い。けれども不思議と嫌では無かった。きっともう、私はこの関係の終わりを知っているのだと思った。
(20120928)