「あれ、千歳の」
「……その言い方止めてくれへん?」
クラス替えで、テニス部の一員である忍足と同じクラスになった。私の顔を見るなりそう言った彼に盛大な溜め息を吐いて席に着く。窓際後ろから二番目の席は中々良い席だと言えるだろう。
白石と千歳は同じクラスだそうで、白石はこれでちょっとは監視も楽になるやろうかと笑っていた。断言する。決してそんなことは無い。中三の時に同じクラスだった私が、あれだけ手を焼いたのだから。
私の後をついて彼は前の席に座った。誰の席かも知らないけれど、この人は遠慮が無いなということは解った。白石と千歳以外の部員は顔こそ知ってはいるものの、会話を交わした事なんてほとんど無かったから。
「なぁ、自分、まだ千歳と住んでんの?」
「はぁ、まだ住んでるけど」
「普段どういうこと話すん? あんま想像つかんくて」
「……別に、これと言ってあれへんなぁ」
そう、取り立てて何を話すでもない。学校がある日は晩ご飯を食べてだらだらとして、ヤることヤってお風呂入って、休みの日はその日の予定やらご飯の献立なんかを適当に話して、ヤることヤって、下手をすると一日裸でごろごろしているだけだ。
こういうのをセフレというのだろうか。いや、もともと一緒に暮らす方が先だったから、後からセフレという関係がついて来たようなものだ。
先生が教室に入って来て、バタバタとクラスメイト達が席に着きはじめる。忍足も慌てて席を離れ、自分の席へと座った。今まで忍足の座っていた席には、指通りの滑らかそうなセミロングの髪をした女子が座る。
「よろしくね、えっと、野田さん」
「ああ、うん。よろしく」
「なぁなぁ、野田さんって千歳くんと付き合ってんの?」
またその話題か。聞き飽きた話題に頭が痛くなる。さすがに一年間登校を共にし、同じお弁当箱でお昼をしていたらそう思われても不思議は無いのだろうけど。
付き合ってへんよと首を横に振ると、そうなん? と彼女は目を丸くして見せた。この子は取り立てて千歳のことを好きだとかいうわけでは無さそうだ。ただ好奇心で、無邪気に聞いているだけなのだろう。
「めっちゃ仲ええのになぁ。ほな、どういう関係?」
「んー……私が聞きたい」
「あはは、何やのそれ」
からりと笑って彼女は前を向いた。間違ってはいない。関係なんて、私が聞きたい。いつ終わるかも解らない。ただ確実なのは、千歳が私を好きという事だけだ。茫漠としたこの関係をいつまで続けるつもりなのだろう、お互いに。
ふと、千歳の不安がっていることはこの事なのではないかという考えが脳裏を過る。私が悶々と関係の終わりを考えているという事を、千歳は気付いているのではないだろうか。
窓の外をぼんやりと眺める。そう言えば、中三の時の千歳はよくこうやって窓の外を見ていたなと思い出す。広くて、それでいて切なさを帯びたあの後ろ姿が瞼の裏に焼き付いている。
終わりが来るなんて。千歳はきっと望んでなんかいないのに。
・
「あれ、遥! どげんしたと?」
千歳の部活が終わるのを、部室の外で待っていた。重そうなテニスバッグを背負った千歳がばたばたと騒がしく私の方に駆けて来る。千歳の後ろで白石がにやにやと笑いながら私を見て来た。
私がこうやって部員が揃っているところに顔を出すのは珍しいことで、多分それに対して笑っているのだろう。朝話したばかりの忍足も口の端を緩めていた。
「買い物行こうかと思ってんけど、荷物になりそうやから手伝ってもらお思て」
「そんなん、待っとらんでも連絡くれたら一緒に帰ったのに」
「あほ。部活休む気か? 私が白石に怒られるわ」
千歳の肩をべしりと叩き白石にせやんなぁ、と声をかけると、せやせやと相変わらずにやけたまま白石は同じように千歳の背中を叩いた。
私のバッグを何も言わずに手から奪い取ると、千歳は行かんね、とあたしの腰を押した。何も言わずとも行われる行為に思わず顔が赤くなる。なんやねん、男が女のバッグ持つとかどこのカップルやねん。
「ほなね、白石、忍足」
「謙也でええって、苗字で呼ばれるん苦手やねん」
「謙也と遥ちゃん、同じクラスなんやって?」
「ああ、うん。一年よろしく」
「謙也くん羨ましかー。ならね」
千歳が笑いながら二人に手を振り、私もそれに続いて手を振った。結局始終にやにやと笑みを浮かべていた彼らだったが、きっと悪気は無いのだろう。
千歳と二人並んで歩く。特別な会話は無い。けれども沈黙が嫌なわけでもない。千歳の横顔をちらりと盗み見すると、心無しか機嫌が良さそうにも見えた。
私はもうそろそろ、気付かなくてはいけないのだろう。この関係の行く先を、私が今後どうすべきかを。この関係に千歳は酔って依存しているだけだろうと思っていたけれど、それは全くの間違いだった。
千歳の傍にいて彼を縛り付けて、優越感に浸っているのは私だと。そんな簡単なことにようやく今、私は。
(20121002)