そうか愛していたんだ

「あっ、ん、ちと」
「ん……?」

思わず千歳と呼びそうになったのを慌てて飲み込んだものの、行為の際に名前を呼ぶことが珍しかったからか、私の声に千歳は律動を止めた。急に与えられなくなった刺激に膣はびくびくと収縮を繰り返す。

なかなか落ち着かない呼吸を半ば無理やり落ち着けるよう、大きく息を吐き出した。まるであやすように背中を撫でられ、いつもとは真逆やなぁ、なんてことをぼんやりとした頭で考える。

目の前にいる男はもう嫌というほど見慣れた顔のはずなのに、行為の最中だけは別の人間のように思える。

「どげんしたと、遥。痛かった?」
「ん、そうやなくて……」

なぜ千歳の名前が喉の奥から零れたのか。自分自身にもそれが解らなくて、答えを探すように彼の瞳を覗き込むと、情けないくらいに顔を赤くした自分が写っていて余計に顔が熱くなる。

それもこれも、きっと今日学校で渡されたアレのせい。



「はぁ、しんろ」

先生に呼び出されて手渡された紙を見た途端、いつぞや誰かが言ったような気がする台詞をそのまま私も口にしてしまった。そういえば、先日もそんな紙を提出したような。まじまじとそれを眺めていると、先生が大きく溜め息を吐いた。

「野田なぁ、お前やったらもうちょっと上も目指せるやろ」
「そうですか? 近くて安牌やと思ったんですけど」
「勿体ないと思うんやけどな、先生は」

文系の、なんの変哲も無い県内の大学を第一志望にした。偏差値から言うと二ランク下くらいだけれど、自分のギリギリの志望校を選んで今から勉強する気にもならなかった。

どんな大人になりたいだとか、どんな仕事に就きたいとか。ハッキリとした目的も無いのに無駄に勉強だけをするようなことは嫌だった。

何より、万が一この生活を続けるとして。そんな学力がギリギリの所にいってそれを続けられる自信が無かった。自分の事でいっぱいいっぱいになって、千歳に対して投げやりな態度で向き合うのは嫌だった。

先生は知らない。クラスメイトも知らない。知っているのは、千歳の中学からのチームメイトだけ。そんな関係の行き着く先なんて、誰も知らない。

「ええんです、せんせ」
「せやかて」
「ええんです。それが、一番」

このまま関係が続くのを私は望んでいるのだろうか。もし終わらせたいのであれば、身の丈に合った大学を選んで、あの部屋を出て、千歳と別々の道を歩むだけの事なのに。

どうして、それが出来ないのか、なんて。



千歳は一体、どう考えているのだろうか。二年生の秋。進路を決める期間なんて、もうあと少ししかない。来年の夏にはきっと、お互いの未来に向けて方向を定めているのだろう。

なぁ、千歳。あんたの目には、この先がどう写ってるんかな。私と一緒の未来? それとも、もう一人で歩けてるん?

「あっ……!」

お互い時間が止まったように全ての動作を停止していた。そしてそれが、千歳の律動によって動き出す。

いつものように私の中を探るのではなく、ただ乱雑に、それでいて的確に。私の快楽を引き出しては息を荒くさせる。こんな抱き方も出来るのかと。驚いた半分、少し悲しかった。

どこでそんな抱き方を覚えたのか。毎日毎日私を求めて来るのに、他の女の相手をする時間でもあったのか。それとも私が知らないだけで、私と出逢う前に何人もの女を抱いて来たのか。

「ふ……ま、待って、あっ」
「考え事なん出来んようにしちゃる」
「ああっ、はげしっ……い、むっ、りぃっ」
「嫌なこつも、悩んでるこつも」
「ひぁ……あ、あぁうっ」
「遥はなんも気にせんでよか」

額、瞼、頬と滑るように千歳の唇が降りて来る。与えられる刺激とは裏腹に柔らかいそれが、優し過ぎて泣きそうになる。どうしてそんな、何もかも見透かしたようなことを言うの。

何も纏っていない体に必死にしがみつこうとして、思わず千歳の背中に爪を立てた。涙で歪む視界にいる千歳の顔も一瞬歪んだような気がしたけれど、すぐに笑って私の背中をまたあやすようにさする。

「もっと、名前ば呼んで、遥」
「うっ、あ……」
「遥、好いとうよ」
「あっ、あっ、ちとせぇっ……」
「ん、良い子ばい」
「千歳、ちとせっ」

何度も何度も名前を呼んだ。私も、なんて。今更言えるはずもない。

(20121006)