世界で一番愛する予定

「千歳、年末どうすんの」

二学期の終業式が終わった。クリスマスも過ぎ去った。新年を迎える為に部屋の大掃除を始めたけれど、よくよく考えれば千歳が熊本に帰るとするならば、この年末くらいは実家に帰るのではないだろうか。

いや、千歳のことだから最後の年末までは一緒に居たいと言い出すかもしれない。けれども私は、最後と思って二人で年を越すことに耐えきれる気がしなかった。きっと泣き出して、縋ってしまうだろうと思った。

「どげんて、どげんもせんよ」
「実家に帰る準備とか、せんでええんか」
「今年はまだよか。ま、そのうち」

へらりと笑って千歳は押し入れに入っている布団を出し、ベランダに運んだ。干したての布団の匂いが好きなようで、休みの度にこうやってマメに布団を干したがる。

私は台所のシンクを磨きながら、千歳に背を向けたままで問いかけた。

「そのうちって、どういう意味やねん」
「んー、ちゃんと決まったら?」
「決まったらって、何を」
「結婚」
「は? 結婚?」

想像していた返答と違うものだったので、思わず握っていたスポンジを落としてしまう。使い込みすぎて泡立てるのも大変なスポンジで折角作った泡が、どんどん流れていく。

布団を干し終えた千歳が部屋に入ってきて、あたしの隣でシンクにもたれかかる。私のことを見下ろしていることが解ったので、私も見上げて彼の瞳を見つめる。

「結婚て、誰と、誰の」
「俺と、遥の」
「……あほちゃう」
「あは。結婚どころか、まだ振り向いてももらっとらんけんね。まだまだ熊本に帰るんは遠くなりそうばい」
「ほんま、あほちゃう……」

勝手に不安がって、勝手に終わりだと思い込んで。さようならを言う準備なんかしたりして。どうしてもっと早く気付かなかったのだろうとか、どうしてもっと早く伝えなかったのだろうとか。

頭の中には色々と思い浮かぶけれど、胸がいっぱいいっぱいになって何も言葉にならない。ただただ目が熱くて痛くて、涙が止まらなかった。

歪んだ視界にいる千歳は私の泣き顔を見てうろたえているようで、数秒おろおろと左右に首を振ってから、私のことを抱きしめた。

「千歳、卒業したら大学行かんって言うたやん。私、それ千歳が熊本に帰ってまうんやって思っててん」
「え? そいでこの話せんかったと? 俺てっきり、勝手に就職決めたこと怒ってるんかち……」

もっと、話せば良かったのだ。話せば伝わることが、私と千歳の間には沢山あったのに。春に進学しないと聞いてから半年以上。もっと早くに話していれば、私の心の中にある気持ちを伝えていれば、きっと千歳は喜んでくれただろう。

私の背中をさすり、ぽんぽんと二回軽く叩く。こうされる度に、ひどく心が落ち着くのを千歳は知っているだろうか。小さく笑いながら、彼はひとつ溜め息を吐いた。

「遥が行く大学の近くでまた部屋ば借りようと思っとると。年が明けたら二人で見に行こうち誘うつもりやった」
「ほんっま……そういうことはちゃんとしっかり伝わるように言えっちゅーねん」
「えーっと、ごめん、ね?」
「謝れとは言うてへんわ」

どうしてこんな言い方しか出来ないのか。ほんの一言がどうして言えないのか。それはきっと、あまりにも長い時間が経ち過ぎたから。出逢ったあの日からもう四年。初めて感じた感情とは違うものが心の中にあって、それをどう吐き出して良いのかが解らなくなっていた。

けれども、きちんと伝えなければ。四年よりももっと、長く一緒にいたい。千歳が結婚なんて言葉を出したときには驚いたけれど、それは私も望んでいることだ。傍にいてという千歳の望みが、今は私の望みになっている。

また同じ部屋で暮らして、一緒に食事をして。仕事の愚痴を聞いたり、大学のレポートを手伝ってもらったり。休みの日には二人で出かけたりして、いつか子供を産んだりして。そうやってずっと、一緒にいたい。

「千歳」
「ん?」
「今更かも知れへんけどな、聞いてくれる?」
「うん。聞くけん、ゆっくり話して」

すう、と大きく深呼吸する。千歳の匂いがする空気で肺の中が満たされていくのが解った。この空気も全て私の物になればいい。千歳の肺の中も、私の匂いがする空気でいっぱいになればいい。そうすればずっと、私は一生千歳の事を好きでいられる気がする。世界で一番大切に思える気がする。

震える唇を噛み締め、千歳の目を見る。四年前からずっと私から逸らさないでいてくれた瞳が、そこにはあった。

「千歳、好き」

千歳は一瞬目を見開いた後、目を細めてこう呟いた。

「やっとこっちば向いた」

それはあの日、初めて会話を交わした日にも聞いた言葉。

(20121106)