出逢いはとある夜、コンビニでのこと。
寮での暮らしが始まったものの、食堂があるでもなく、門限があるでもなく。とりあえず引っ越しが終わり、自炊出来ないこともないが今日くらいはコンビニで済まそうと近所の探索がてら財布だけを片手に部屋を出た。
寮からほんの五分ほど真っ直ぐ歩けば、コンビニの目に五月蝿い光が飛び込んで来る。あれほど明るいのに、右目にはぼんやりとしか映らないのか。些細な事にすら苛つく自分に嫌気がさした。
コンビニに入ろうとすると、ガラスの向こうにいる一人の少女が目に入った。面白くもなさそうに、ぱらぱらと雑誌をめくっている。人を待っているのか、それにしては格好が部屋着のような、薄いスウェット生地のパンツとトレーナーだ。
少し興味がわき、店内に入って彼女の横に立ってみた。彼女の左側に立ってしまったせいで、顔を拝む事は出来ない。ガラス越しにちらちらと盗み見していると、彼女も一度俺の事を見上げ、雑誌を棚に戻して店内の奥へと行ってしまった。
横に並んだ時の温度が、触れそうなほど近くもないのに温かな彼女の温度が、忘れられないと思った。伏せたまつげの長さも、押さえればふわりと跳ねそうな髪も、きっと忘れられないと。
見知らぬ土地に来て不安だったのかも知れない。だから少し好みと思った女の子に近付きたかっただけかも知れない。けれどもその日から、俺の心は彼女の事でいっぱいだった。
近所だろうかとあのコンビニにしばらく通ったが、あれ以来彼女に出会う事は無かった。時間を変えてみても、曜日を変えてみても駄目だった。しばらくして、コンビニの店員とは顔見知りになってしまった。
そうして、新学期が始まった。
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「千歳千里です」
挨拶をして顔をあげると、目に飛び込んで来たのは彼女だった。相変わらずけだるそうに座る彼女には窓からの光が当たっていて、まるで女神か天使のようだな、なんてくだらないことを考える。
これは運命かと思うように、上手いこと席が彼女の隣になった。揃っていない教科書は隣に見せてもらえと先生に言われ、よろしくと笑うと彼女ははぁ、となんとも間抜けな返事をした。
授業というものは熊本も大阪も同じで、先生の声は耳から入っては反対の耳から抜けて行く。ぼんやりと窓の外を眺めながら、思ったより都会でも無かった大阪の街にこれから馴染んでいけるだろうかとひとつ欠伸をした。
「名前、何ていうと?」
彼女のことが知りたいと思った。彼女の横にいれば、俺はこの世界に馴染める気がした。眉間にシワを寄せながら、彼女は俺の方を見て一つ溜め息を吐く。
嫌われているのか、それとも彼女がただの人見知りなのか。どちらかは解らないが教科書は見せてくれるし、今の質問にも声は出さなかったが、教科書に書かれた名前を見せて教えてくれた。
「遥ちゃん、ね」
そう声に出して読むと、彼女がばっと顔を上げた。今までのんびりとした動きばかりだった彼女の荒い動きを見て少し驚いたが、目が合った事に気を良くして俺は笑った。
「やっとこっちば向いた」
コンビニのときみたいに、見てくれれば良かったのに。この身長が気になるのでもなんでもいい。君の視線を俺に向けて欲しい。そう願って彼女の顔を見つめる。
すると、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、彼女はじっと俺を見つめ返して来た。それが恥ずかしくなり、俺は机に突っ伏して顔を隠して寝た振りをした。
四畳半の世界にぼんやりと取り残されるのは空虚なのだ。一人部屋に戻ると、いつも昔の事を思い出す。嫌でも未来の事を考えさせられる。突っ伏した時に見えるのこの暗闇より、もっと真っ暗な未来なのに。
一人でいることは辛くはない。けれども、誰かが俺を見てくれるなら。俺がここにいて良いと言ってくれるなら。そう願わずにはいられなかった。彼女ならきっと俺を救ってくれると。彼女が俺の最後の居場所だと。根拠の無い確信だけが、俺の胸を支配していた。
(20121113)