いいね素敵な幻想だ

「うん、ここがええな。気に入った」

高校を卒業した俺と遥は、彼女が春から通う大学の近くで新しい部屋を探していた。二人で不動産屋に通い、予算や各々の希望を出して三件ほどに絞り、今日ついに実際の物件を見に来たというわけだ。

遥の希望は二つ。今までと違い学生と社会人で生活リズムが違う為、リビングとは別に寝室がある方がいいということ。それから、俺の収入に見合った家賃であること。

そうして実際の物件を朝から二件巡り、どちらもまぁ悪く無いかなといった感じだったのだが、最後の一件を遥は気に入ったようだった。

南向きの、まだカーテンが備え付けられていないせいで燦々と日が差し込む窓を見つめながら彼女はここがいい、と呟いた。

「なら、ここにすっと」
「千歳はここでええん?」
「遥が気に入ったんならよかよか」

不動産屋の人に契約の話を進めてもらう手配をし、今日の予定は終わった。時間は午後一時。少し遅いがお昼にしようかと、遥と二人で近所の大型スーパーに行くことにした。

スーパーというよりは、郊外型の大型ショッピングモールに食品売り場も併設されているといった方が正しいような気もする。平日の店内はどこかがらんとしていた。

あそこに住んだらここで買い物するんやろなぁ、と遥はどこか弾んだような声で笑った。そやねぇ、休みの日には二人で来るかねぇ、と俺も笑い返す。

土日は休みの仕事なので、遥と出掛ける時間も作れるだろう。学生の頃は何もかも頼っていたが、これからは俺が頼られる存在にならなければ。

「あ、そうや千歳」
「ん?」
「布団。どないする? 前は和室やったけど今度はフローリングやし、ベッドにする?」
「あー、そやねぇ……」

四畳半の部屋では一組の布団に二人で身を寄せ合って寝るしかなかった。嫌では無いかと何度も遥に聞いたが、彼女は別に、といつも気にしていない様子だった。

寝室を作る。その話が出た時になんとなく思ってはいたが、やはり窮屈に感じていたのだろうか。俺としては一組の布団で彼女を抱き締めて眠る日々は、それは幸せなことだったのだけれど。

「ここ、家具屋も入ってるねんて。後でベッド見に行きたい」
「よかよ。初めて二人で選んだ部屋やけんね。二人で決めるばい」
「せやけど千歳が足伸ばせるベッドなんか売ってるんかな?」
「そこは家具屋に聞かんと……」

適当なレストランに入って昼食を済ませ、遥が言っていた家具屋に入る。家具だけでなくインテリアに必要な、ゴミ箱からブックスタンド、ランプ類まで充実した店だ。

キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると遥は目当てのベッドコーナーを見つけたようで、俺の腕を少し強く引きその場所へと足早に向かった。

「ベッドの下に収納とか出来た方がええんやろか」
「前の生活ならあんま要らんち思うばってん、遥の学校のもんとか増えるとどやろね」
「んー、引き出しついてるやつより脚だけの方が安いねんな……」

まじまじと価格表とにらめっこしながら、遥は顎に手をあてて暫く考え込んでいた。ベッドを二つ買うとなると安い方が有難いが、遥に妥協させたくもないので俺も同じポーズで悩む。

まぁ初任給は家具で消える覚悟はしていたから、少し奮発してもいいだろう。そう決意したと同時、遥が横で「決めた」と力強い声を出した。

「脚だけのダブルにしよ。それで引き出しついてるシングルより安いしな」
「……ダブルでよかと?」
「布団ならともかく、ベッドでシングルやとどっちか落ちたら痛いやろ」

予想していなかった返事で少し驚いた。遥は何を言っているんだという顔で俺を見つめている。

暫く黙り込んでいたが、小さな溜め息を吐いて彼女はベッドの横に置いてあった注文カードを一枚手に取った。

「支払い今日でええ? 手持ちはあるし、引っ越し先に運んでもらった方が楽やろ」
「ベッド……二つ買わんでよかやか?」
「あはは、なんやそれ。子供出来たら欲しいけどなぁ」

笑いながら遥はまた俺の腕を引き、レジへと向かう。子供が出来たら。そんなことを平然と言ってのける遥に頬が熱くなる。

バラバラに寝るようになるのか、なんていうのはどうやら俺の杞憂だったらしい。いつかまたこの店に、新しいベッドを買いに来る日が……なんて幻想を抱きながら、ベッドの配送伝票に新しい住所を書き込んだ。

(20130312)