世界一やさしいアイロニー

最近、嫌な夢をよぉ見るようになった。何時からやったか考えると、多分謙也さんが遥を好きやっていう話を部長から聞いた日からやという結論に至る。

それでも遥が好きなんは財前なんやから、大事にしたらなあかんでと肩を叩いて言われた。何やねん、知ったように。

謙也さんが遥とよぉ喋っとるのは知っとった。それでもそれは俺の先輩……テニス部の先輩やからやと勝手に勘違いしとった。

聞いてから謙也さんの視線を意識的に追うと、確かにずっと遥の方を見とることに気が付く。俺の女や、じろじろ見んといてください。そう言おうとして、止めた。

そんなん言える立場ちゃうやろ、俺。別の女を見て触って抱いてんのはどこの誰やねん。謙也さんの方がよっぽど、ヘタレやけど一途やんか。

そう思たら遥の横におるんは自分やったらあかんのちゃうか、なんてことを考えてしもて、思わず遥を乱暴に抱いた。不安なのを見透かされているように、世界で一番愛してると囁かれる。

そんな言葉に気をよくする。結局、俺が一番好きで一番愛してるんは遥やのに、何で俺、あんなことばっか繰り返すんやろう。



「あんっ、あっ、あ」
「……なぁ、俺のどこがええん」

名前もよぉ知らん、三年の先輩に突っ込みながらそう問いかける。俺の声が耳に届いていないようで、あんあんアホみたいに喘いでいる姿を見ると萎えて来た。

遥が他の男のもんになるなんて耐えられへん。謙也さんであっても部長であっても、絶対に許されへん。黒いものが自分の中に渦巻いてるんが解る。

「どないっしたん、ざいぜっ、あっ、ふぁっ」
「うるさい、ちょっと黙っててもらえます?」
「んぅっ、んっ、んっむ」

先輩の口を掌で塞ぐ。それでも聞こえて来る声が耳障りで、ティッシュでも何でも口に突っ込んだろかという考えが頭を過る。他の女の声なんてこれっぽっちもそそれへん。

声が聞きたい、と思った。遥の声が。俺の腕の中で喘ぐんは、遥だけでええ。羞恥と快楽を我慢して、それでも俺が好きやと言うように発せられるあの声が、何よりも愛おしかった。



「え、今から?」

今日ヤッた先輩にお小遣いあげるわと五千円を握らされた。何でか解らんけど、年上の人とヤるとたまに金が貰える。まぁ、貰えるんなら有り難く貰っとくけど。

折角なんで遥と飯でも食いに行こかな、なんて柄にも無いことを思い付いて電話をする。普段は二人で出掛けるなんてせぇへん。まして、俺から電話をすることも。

「嫌やったらええけど」
「い、嫌じゃない! ちょっと待って、すぐ用意するからっ」
「ほな迎えに行くわ。二十分くらいあったら用意出来るか?」
「う、うんっ」

用意を始めたんか、電話の向こうからバタバタという慌ただしい足音が聞こえて口の端が思わず緩む。ほんま、可愛えな。俺と会うだけでわざわざ何を用意すんねん。

電話を切り、携帯をポケットにしまう。大事にしたらなあかんで。脳内で部長の声が響く。今更大事にしたところで、今までしてきたことが許されるんやろうか。遥を苦しめて傷つけたことが、無かったことになるんやろうか。

ありえへんか、と苦笑して遥の家へと足を向ける。許されるとか許さへんとか、そういうことを遥は考えてへんやろう。多分あいつの根底にあるもんは、そういう簡単な言葉で表現は出来へんと思う。

俺が浮気してほんまは嫌やのに、笑って何も言わんと俺の隣に居続ける遥。その笑顔に、優しさに、俺は世界一幸せで、それでいて世界一悪い男やなと自覚させられる。やけどもそれで良かった。もうしばらく、この矛盾だらけの関係に酔っていたかった。

(20120703)