くだらないせかいのまま、このまま

噂がぴたりと止んだ。

財前が他の女と関係を持ったっちゅう話を嘘みたいに聞かへんようになった。見る限りやと財前と遥の関係に、以前と違う様子は無さそうやった。やけども噂は耳に入って来ぇへんくなった。

喜ばしいこと、なんやろう。これでもう遥は傷付かへん。彼女の言う世界が、これでやっと完成する。良かったなって、笑って言うたらなあかんな。そんなことを考えながら吐いた溜め息は虚しく部屋に響いた。



「謙也さん」

屋上でぼんやり目を瞑って寝転がっていると、聞き覚えのある声が降ってきた。ゆっくりと目を開ける。逆光で顔は見えへんけど、きらきらと光る耳元で財前やと理解する。

「おー、財前。屋上来るん珍しなぁ」
「謙也さんに話あって……今ええですか?」
「ん、ええで」

体を起こすと、隣に財前も座り込んだ。何を話すんやろうかと待ってみるも、しばしの沈黙。話があるんちゃうんかいと突っ込みたくなったけれど、そんな雰囲気や無さそうで、言いかけた言葉を飲み込んだ。

「謙也さん、俺の噂聞いたことあります? ま、噂ちゃうんすけど」
「あー、まぁ嫌でも聞くわな。遥にも言うたで、あんな男でええんかて」
「はは、ほんまですよね」
「遥も知っとったけどな」
「知っとるのに、それでも俺を好きやて言うんです。アホやわ、ほんま」

乾いた笑いを浮かべながら、財前が右耳のピアスを触る。風になびいとる毛がそこをくすぐったそうに撫でていた。なんやねん、話したいことって惚気か。なんでそんなんわざわざ俺にするんや。

奇麗な奇麗な横顔。そこら辺の女がほいほい引っかかるんも解る。引っかかるっちゅうか、女の方が言い寄ってんかな。そういや、遥と財前が付き合い始めたんはどっちからで、ほんで何がきっかけやったんやろう。

「お前……なんであんなことするんや? 遥に悪いと思わんのか?」
「悪い……とは、あんま。ただ、浮気しても酷くしても、それでも離れへんのです。俺はそれが凄い嬉しいっちゅうか、満たされるっちゅうか」
「歪んでんなー、お前」
「自分でも思いますわ。他の女なんか抱いてもしゃーないのに」

そう言って笑う財前の肩をばしばしと叩いた後、ふと思う。歪んでんのは財前も遥も、ほんで俺も同じやなと。

浮気されて、裏切られて、傷付けられて、それでも財前がええんやて言う遥。それを全部見てんのに、そうやって弱みを俺に見せてくれるんが嬉しいと思って今のポジションに居座っとる俺。お互い苦しむんは解ってるのにな。

誰が正しいとか誰が悪いとか、そういんとちゃうんやろうな。何を欲しくて何がいらんくて、それが全員ハッキリしとって、そんでそれが全員バラバラなだけなんかもしれん。

「遥が俺のこと好きやて、どんなことされても一番やて感じてられたら、俺はそれで幸せやったんやけど」
「勝手な奴やなー、それでどんだけの人間が苦しむと思ってるん」
「……謙也さんも、その一人なんですよね。遥のこと好きやろ」
「えっ……」
「目で追ってるん、バレバレですわ。それに気ぃ付いてから何か、色々考えるようになって」

じと、と責めるような瞳で財前に睨まれる。その瞬間、後ろめたい気持ちでいっぱいになる。もちろん財前の彼女やって解っとる。やから変な気を起こしたりはしてへん。断固として。

関わりなんて同じクラスなだけやし、たまに話して、たまに移動教室一緒に行ったりするくらいや。ただの、関わりなんてそれぐらいの、男としても意識されてへん奴や。

「遥は謙也さんみたいな人の方が幸せなんちゃうかって」
「アホか、そんなこと……」
「他のそこらの男やったら思わんのに。謙也さん、ほんまウザい……」

膝を抱きかかえ、財前が頭を肘にくっつけるように下を向く。なんや、これ。なんで財前が俺に対してそんな声でそんなこと言うんや。遥がお前のこと好きで好きで堪らんなんて、他の誰が見ても明らかやのに。

もしかして、嫉妬、してるんか。

ありえへん。他の男やったらともかく、俺に嫉妬とか。それこそ白石とかの方が。俺のこの気持ちがいつまで経っても届かへんことくらい、俺が一番痛いほど知っとるっちゅうのに。

しばらく俺らは黙り込んだ。開け放たれた教室の窓から聞こえて来る学生の声がやけに遠くに聞こえて、まるで別の世界に俺らだけいてるみたいやなぁ、なんてありえへんことを考える。

なぁ遥、他の人間が誰も要らんとか言わんといてくれ。俺もお前のことが好きやし、白石かて心配しとる。財前だけがお前の全てちゃう。

好きになって欲しいとも、愛を注いで欲しいとも思わんから。せめてその世界に存在するくらいは許して欲しい。



そろそろ昼休みも終わるし戻ろか、と財前に言うと、ゆるゆると顔を上げて財前が立ち上がった。制服のズボンに付いたホコリを手で落とし、うんと一度伸びをする。

「謙也さん」
「んー?」
「ありがとうござい、ます。遥に手ぇ出さんでくれて」
「はは、なんやそれ。出さへんわ」

遥の彼氏はお前なんやから。そう言うて背中を勢い良く叩く。いつも通り無愛想に、財前はそれに対して何を言うでも無く歩き始める。

出すわけないやろ、俺は遥のこと考えて苦しくなるくらい遥のこと好きやけど、お前も大事な大事な後輩なんやから。その二つを一気に失うような真似せぇへんっちゅう話や。

そのうちだんだん大人になって、だんだん変わってくんやろう。今はこのままでええんかも知れん。財前も、遥も、それから俺も。痛みを求めてるんは全員同じやろう。やからこのまんまが、一番。

(20120709)