ああ、窓の外をご覧下さい。今日はあの夜と同じ、桜のような雪が降っておりますよ。さて、これで私と彼の関係はおおよそ解って頂けたかとは思います。
この後の事をお話する前に、冷えてきましたので茶でもお淹れしましょうか。いえ、どうぞ楽にしていてくださいね。実は私、あまり茶を淹れるのは得意では無いのですが。
どうですか。不味くはありませんか。それならば良う御座いました。そうそう。彼も私が淹れる下手な茶を、美味いと言って飲んでくれたのですよ。そしてその茶を片手に、私と彼はよくこの囲炉裏を挟んで話をしたものです。
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さて、私と彼は週に三度、寺に様々なことを学びに行っておったとお話しましたね。共に暮らし始めてからは、そこへ通うのも、そこから帰るのも一緒で御座いました。
しかし、共に暮らすと言っても寺への行き帰り、夕食、就寝以外では、彼は私の傍にはおりませんでした。
私も寺に通っている以外の時間は近所の呉服屋へ奉公に行かせて頂いておりましたので、彼が何処で何をしておったのかは不明でした。
金を稼ぎに行っていたのやもしれません。一ヶ月を過ぎても毎日欠かさず、少しずつではありますが彼は私にきちんと支払っておりましたから。
そのことだけが、どうにも彼と私の間に距離を作っていたように思えます。金を支払わなくても、私には彼を追い出す気など、微塵もありませんでしたのに。
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ある夜、私は蒲団の中で、彼にとある話をしたことがありました。自己満足だったとは重々承知しております。彼を我が家に縛るつもりは、毛頭ありませんでした。
けれども、私は言ってしまったので御座います。
「良ければこの冬だけなどと言わず、好きなだけ此処に居っても構わないのだよ」
私の本音でありました。それを聞いた彼は眉尻を下げて笑いました。その表情は彼が困惑している時に見せるものでした。ですから、私はそれ以上何も言うことが出来なかったので御座います。
彼が可哀想だからだとか、確かに初めはそんな気持ちで彼を住まわせていました。ですが、この頃にはそんな事を考えたことすら忘れていたのです。
私は浅はかな自分に嫌悪しました。踏み入れてはいけない彼の領域を、侵しているのではないだろうか。そう考えるようになり、勉学以外のことを彼と話すことは段々と少なくなっていったので御座います。
彼との生活も、二月目が終わろうとしておりました。
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その日は朝から雪は降っておらず、私は呉服屋に行く日でしたので彼に行ってくる事を告げ、家を出ました。
彼には私が奉公に出ている呉服屋の場所は、話したことは御座いません。別段理由があったわけでは無く、ただ言う機会がこれまでに無かったのです。
私はその日、店の主人から為永春水の人情本をお借りしました。無類の本好きであった主人は、私の勉学の足しになればと稀にそうやって読後の本を貸して下さっていたのです。
勿論彼も書を好んで読んでおりまして、そしてそれらで得た知識を、私と彼は相互に教え合っておりました。
私は仕事を終えると足早に帰宅しました。彼もきっと、これを読みたいと言うに違いない。そう思って。
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「只今戻りました」
我が家の家の戸を開けると彼はおりませんでした。普段は私より早く戻る事が多かったのですが、その日は私の方が早かったので御座います。
されども別段気にはなりませんで、私は早速その本を読み始めました。半分程読み終えたところで、我が家の戸がとん、と小さく音を立てました。私は彼が帰ったのだと思い、本を閉じて戸口に駆け寄りました。
ところが扉を開けると、立っていたのは、彼ではなかったので御座います。
(20120801)