五条先生と恋人になった。恋人になったからと言って気持ちが私に向いてくれたわけではなく、恋人になれば楽に抱けるようになるという打算的な考えによるもので。それから私の混乱に乗じて彼が半ば押し切った部分もある。恋人にした理由については、他人にくれてやるのが惜しくなった、と何とも子供みたいな理由であったし、性欲が溜まったら別の女性で発散すると堂々と言ってのけるくらいには、本当に気まぐれによるものだったらしい。その宣言通り、恋人という枠にはまってからも恋人らしいことは何もなく、寧ろ誘われている先生の姿を見ることが多くなったように思う。きっとそれは、彼があの日から薬指につけている指輪のせい。その姿にぎゅっと胸が縮むも、自分の意思で断っているのにそんな気持ちを抱くのは烏滸がましい気がしてなるべく無視している。本当は恋人になる気はないかと聞かれた時、少しだけ嬉しかったのだ。僅かながらでも気持ちが向いてくれたのかとも思った。まあ、そんなことはなかったんだけど。気が付けば五条先生には決まった人がいるものの、その人とうまく言っていないらしいと根も葉もない噂が立つようになっていた。

「きみ、今日時間はあるか?」

「…え、っと。急ぎの依頼でも?」

帰り支度をして更衣室から出ると、私の席に腰掛けて明日渡すはずのファイルを開く五条先生がいた。こちらに気付いた彼はパタンとそれを閉じ立ち上がると、先ほどの言葉を発しながら近づいて来た。上司は終業の鐘が鳴るのと同時に帰ってしまったし、できれば今日はもう帰りたいのだけど急ぎならば仕方ない。もう一度更衣室に戻ろうとする私の手を取ったのは勿論五条先生である。

「いや、仕事じゃない。このあと時間があるなら飯でも付き合ってもらおうと思ってな」

「…はあ。まあ、いいですけど」

聞けば今日の当直は別の先生らしい。その空いた時間を使って私を誘ってくれたらしい。素直に驚いた。どういう風の吹き回しですか?と尋ねれば、彼はきょとんとした後、不満そうに眉を中央に寄せる。

「きみは認めてないようだが仮にも恋人なんだ、飯くらい普通だろ」

「そう、ですね?」

「不満か?」

「いえ、単純に不思議で」

今日も何方かと予定が入っていたのでは、という言葉を言いかけてやめた。彼のセフレ含む女関係に口は出さないと、決めているし、折角時間を作ってくれたのだ。私のために、割いてくれた時間。なんだか本当に恋人っぽいと、じわじわと胸が暖かくなる。