ハンターが過ごす居館とサバイバーが過ごす居館は別になっている。その二つの居館の間には広大な庭が広がっており散歩などもできるのだが、ハンターと遭遇するリスクを負ってまでその庭を散策するものなどいなかった。
ただ一人を除いては。

ハンターの居館にほど近い、中庭。誰がこしらえたわけでもないのに、丸いサイトテーブルと、大理石のチェアが置いてある。ひっそりとして年中花の香りがするそこは、なまえのお気に入りであった。
今日も今日とて、その場所を訪れたなまえは、見慣れない傘が立てかけられているのを見つけた。

長く黒い傘。闇を吸い込んだようなそれは、開けばすっぽりと大柄な成人男性を覆ってしまいそうである。
触れようと伸ばしかけた手を止める。触れられることを嫌がったような気がしたし、己が触れていいものでもないと思ったからだ。
真ん中に置かれた傘を避けるようにして、いつもより端へ腰かけた。
そうして、何もなかったように手に下げた籠から茶器を取り出し、そこへ持ってきた水筒を傾ける。ゆるりと湯気が立ち上るそれの一つをテーブルの端へ、もう一つを己の前に置いて、これまた同じように持ってきた籠から本を取り出して開いた。

頁を捲ってはお茶を傾け、また本へと視線を戻す。徐々に湯気が消えていく。淹れたお茶がすっかり冷めた頃、視界の端に白く細いものが映った。
来るだろうと思っていた。それは、彼の半身なのだから。
無言のままの来訪者に、なまえは視線を本から外さないまま口を開いた。

「こんにちは、無常さん」
「……」
「きりのいいところまで読んだら戻りますし、そんなに睨まないでください」

それでも何も言わない彼に、漸く視線を上げる。何の感情も持っていない黒い瞳が、ただただ見降ろしていた。なまえは同じように見つめ返しはしたが、逃げる気もここを離れる気もない。
ハンターはゲーム以外でサバイバーを傷付けることはないと知っていたし、もとより自分の方が先に居たのだ。彼の機嫌を取るために退くような気概は持ち合わせていなかった。
暫く動かなかった黒が、スッと横へずらされる。誰もいない場所に置かれた茶器を見ているようであった。

「謝必安さんも飲まれますか?」

緩慢な動作ではあったが、頷いたように見えた。籠の中からもう一つ茶器を取り出した彼女は、また水筒を傾ける。既に置かれていた茶器の隣に並べると、謝必安はまたゆっくりとした動作で大理石の反対側へ腰かけた。

「……良い香りですね」
「ええ、とっておきのお茶ですから」
「どこか懐かしい香りもします。貴女の国のものですか?」
「はい。あなた方の故郷のものとは違うかもしれませんが、楽しんでいただたのなら何よりです」

湯気の立つ茶器は謝必安の手の中にすっぽりと収まっている。それを優しく撫でながら、視線を傘へと落とした。黒いそれは沈黙を続けている。

「范無咎の分も有難うございます」
「彼はちっともそう思ってないみたいですけどね」

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