春と戯れるきみ

ぐるんと世界が回る。
強かに背中を打ち付けて、息が詰まった。

「弱すぎんだろ」

呆れと軽蔑が落ちてくる。
嫌がる私を中庭に連れ出した五条くんは、そのまま接近戦の練習相手をしろと言ってきた。どうやら、大した戦闘力もない私が準一級にいることが不満であるらしい。何がどうしてその階級に居られるのか、自分で確かめることにしたようだ。そしてこの結果である。

開始合図と同時に飛んできた長い足から、逃げるように横へ飛びのいた。数秒で終わらなかっただけでも、私としてはよくやったと自分に拍手を送りたい。私が五条くん相手に5分も持たないなんて最初から分かっていたことなのに、どうして時間を割いてまで態々確認するんだろう。

「悟、やりすぎは良くないよ」
「はあ?こんなゲロ弱な先輩に態々稽古つけてやってんの。寧ろありがてぇだろ」
「だとしても先輩である上に女性だ。少しは手加減をすべきだろ。先輩だって、私と同じ扱いをされてもいい迷惑だ」
「傑とやってる時の十分の一も出してねぇし、女だからどうこうの問題じゃねぇだろ」

止めるなら始まる前に止めてほしかったなあ。夏油くんも、私の術式を見たかったのかもしれないけど。
起き上がれないまま二人の言い争いを見る。久しぶりに激しく動いたからか、酸欠と眩暈が酷かった。このままじゃ不味い。念のため、硝子ちゃんにSOSメールを出しておいてよかった。見ていてくれてると嬉しい。
体力つけろよ、とはよく言われるけど、簡単に付けられるものならとっくの昔に付けている。自分の術式上、そもそも体力がつきにくいのだ。
怠い腕に鞭打って、携帯のメモ欄に文字を打ち込む。

「で、弱いなまえセンパイはいつまで寝てんの?」
「起きれますか?」
『ちょっと無理だね。硝子ちゃん呼んでもらっていい?』
「んだよ、こんなことで硝子頼んな」

腕を乱暴に引かれ、無理矢理起こされる。起こすくらいなら放っておいて欲しかったなあ、なんて思うも後の祭り。体位の急激な変化で、眩暈に加えて激しい耳鳴りが追加された。サッと頭から血の気が引いていく。視界は砂嵐みたいに真っ黒で、音が反響して気持ち悪い。
起こされた体勢からまた崩れて蹲る私に、二人とも流石におかしいと気付いたのだろう。

「瀬波先輩…?」
「おい、大丈夫かよ」
「おいクズども、それ以上なまえさんに触んな」

男子たちが息を呑む。
この時の硝子ちゃんはいつにも増して神々しかった。

「お前ら本当に信じられんな。気付けよ」
「いや気付かないだろ。学年ちげぇし。飯食えてねえとか知らねーもん」
「知らなかったとはいえ、悟がすみませんでした。気分はどうですか?」
「俺一人のせいにするのは良くないと思いまーす」

あの後、どうにも動けなくなった私を、硝子ちゃんに言われるまま夏油くんが抱えて医務室まで運んでくれた。
ぽたぽたと栄養点滴が落ちるのを見ながら、苦笑いを返す。いや本当、私も申し訳ない。術式効果を隠していたわけじゃないけれど、好奇心旺盛な後輩には夜蛾先生から伝えておいてもらうべきだったかもしれない。
点滴がつながる腕を見て、夏油くんも眉を寄せた。まあ、異様に細いし点滴針の痕沢山あって気持ち悪いよね、分かる。

「瀬波先輩は食が細いのか?」

硝子ちゃんから視線を向けられたので、説明をお願いする意味も込めて頷いた。

「呪霊を食べると解呪するまでは腹が減らない。なまえさんはそういう術式なんだよ。五条のその無駄に何でも見通せる瞳なら分かるんじゃないか?」
「混ざりすぎてよく見えねえけど、面倒くせぇ術式だってことは解る。つかよく呪霊食えんな、俺だったら絶対無理。まずそう」
「悟、その言い方だと私にも喧嘩売ってるからな。買ってほしいなら遠慮なく買わせてもらうよ。外に出ようか」
「寂しんぼか?それに呪霊喰うのと飯食うのは別だろ。傑だって食うけど飯は別に食えてんじゃん。寧ろ大食い」
「夏油の術式とはまた違うし、そもそもあんたらの基準を一般人に当て嵌めるなよ」
「ちゃんと食べないとおっきくなれないですよ〜」
「悟、その言い方はガキくさいからやめた方がいい」
「兎に角、なまえさんはそもそも栄養が摂りにくいんだ。体力お化けのあんたらと違って繊細なんだよ」

その後も突っかかる五条くんを硝子ちゃんと夏油くんが面倒さそうに宥めていた。なんだかんだで落ち着くまで居てくれたということは、悪いと思ってくれているんだろう。みんな不器用すぎて、せっかくの優しさが分かりにくい。

『硝子ちゃん、これあとどれくらいで終わる?』
「1時間は掛かるなあ」
『あー…じゃあ30分経ったら一旦外してもらうか、急速に変えてもらっていい?これから任務なんだよね』
「クズが代わりに行くんでなまえさんは寝てていいよ」
『代わりは難しいかなあ。珍しく指名だったから』

舌打ちは誰のものだったか。表面上バツが悪そうにする夏油くんと、心底うざそうにする五条くん。硝子ちゃんは同期に対して生ゴミに群がるハエを見るような視線を向けていた。素直な後輩たちで先輩は嬉しいよ。

「せめて送っていけよ、クズ」
「はあ?俺たちもこれから任務なんですぅ」
「途中まで一緒に行きましょうか」
『大丈夫。みんな任務頑張ってね』

夏油くんが気を利かせてくれたけれど、丁寧に断る。幸い、これから向かう任務は討伐ではないため行き帰りの体調が保てばいいのだ。無理そうなら車で眠れるし、むしろ1人の方が有難い。いや、でも、なんて押し問答していると、夜蛾先生が迎えに来た。

「瀬波、行けるか?」
『大丈夫です』
「問題児2人にはきつく言っておく。無理はするなよ」
『お願いします』

後でこってり搾られるのだろう。五条くんが嫌そうに顔を歪めた。




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