その日は五条くんが風邪を引いたとかで急遽代わりに入ったのだけど、私のサポートが必要だったのかは正直謎だ。夏油くんは涼しい顔でさらっと祓い、使えそうなどと言って呪霊を呪霊玉に変えていた。私が喰べている核とは少し違う。呪霊玉は多分、魂と呼ばれているものに近いのかもしれない。
『喰べるの?』
「取り込みますよ。今回の呪霊は使えそうなので」
彼が呪霊玉を手の中で転がす。
小ぶりのトマト程の大きさもある、黒と黄金のマーブル模様の玉。これを、一飲みにするらしい。その後は、呪霊が馴染むまで待つと言っていた。
『見てていい?』
「え?」
『あ、嫌なら全然!私とどう違うのかなって気になって』
「いいですよ。面白いものでもないですけど」
そう言って、口に呪霊玉を持っていく。
ヒトと呪霊の呪力が入り混じる、不思議な感覚。呪霊玉が下っていくのに合わせて喉仏が上下するのを、食い入るように見つめる。
「これで終わりです。つまらないでしょ?」
そう言って笑う。
初めて夏油くんが呪霊を取り込む姿を見た。簡単そうに見えて、恐らくは苦痛やストレスを伴う行為だ。取り込んだ時の表情はあまり動かなかったけれど、帰り車内ではずっと気分が悪そうにしている。それなのに、どうして笑っていられるんだろう。
取り込む時に少しだけ見えた負の感情は、他の感情の中に紛れ込んだのか、今はもう見えない。それがとても不安だった。今はまだいい。その苦痛に勝る意義と責任を、彼は持っているだろうから。呪術は非術師のためにある、とは夏油くんの口癖でもあるし、その志を折るような経験もまだしてないのだと思う。
でももしこの先、非術師の為だと思えなくなった時、彼はどうなるのだろう。
『無理そうなら吐いていいからね』
「吐きませんよ。時間を置いてゆっくり取り込むので大丈夫です」
『不味い?』
「ええ。例えるなら、吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みする感覚が一番近いかもしれません」
『…辛いなら、やめても良いんだよ?』
夏油くんはちょっと驚いて、また笑う。組んでいた足を解いて、窓の外を眺める。体調が悪いのに話に付き合わせて申し訳ないとは思うものの、お節介というか話をしておきたい気分だった。
「辛くないとは言えませんが、これが私の術師としての責任なのでそれを果たすだけです。それに、私たちは“最強“ですから」
『そっか、そうだね。2人なら大丈夫かぁ』
「瀬波先輩は呪霊を喰べる時、どんな味がするんですか?」
『呪霊によって変わるかな。でも、不味くないと思う。きみはすごいね』
彼は酷く驚いた顔をして、大袈裟ですよと目を伏せた。私だったら、他人のためにまずいものを食べるのは無理だ。意義とか大義があったとしても、続けられないと思う。素直に感想を述べたつもりが、気に障ってしまったかもしれない。まあ、小学生みたいな感想だったので私自身も恥ずかしいのだけど。
「先輩の術式自体は喰べること、でしたよね?」
『そうだよ。私は文字通り呪いとか負の感情を“喰べる“し、解呪もしちゃうの。その代わり呪霊操作はできない』
「珍しい術式だと聞きました。呪術師の家系なんですか?」
『家系というか、里がね。喰呪師って知ってる?』
「いえ。初めて聞きました』
『そっか。先生が話してないなら詳しくは言えないんだけど、日本のどこかの山奥にある村で、そこの術師は基本的に呪詛師を生業としてるの』
「その村はもう?」
『うん、ないよ。私が高専に来たのは半分監視』
「でしょうね。上の考えそうなことだ」
『でも高専に来てよかった。可愛い後輩が3人も出来たし」
「可愛い、ね…複雑ですが」
高専に来なければ私も呪詛師になってた、そう言ったら、夏油くんは笑って、貴女には無理だ、と言う。慰めなのか、実力のことなのか。恐らく後者だろう。
私は彼が思ってるほど、出来た人間じゃない。嫌いな人はたぶん平気で呪ってしまうし、呪殺されたと聞いても胸が痛まないのだ。
呪詛師の溜まり場とも言える村。そこが私の出身地である。誰かが呪いを集め、別の人が誰かを呪い、助けを求めて来たその対象を、また別の人が祓う。村絡みで全国に呪詛を送り、祓い、安心させてからまた呪って、祓う。そうやって生計を立てていた。
元々は呪言師が多かったと聞くが、様々な呪いを扱った結果、ひょんなことから喰呪という術式が生まれた。そしてその術式は、村に更なる富を呼び寄せたという。本当かどうかは知らない。
「祓うだけでそんなに経済が回るものですかね」
『大企業の社長も多かったし稼ぎはよかったみたい。痕は副産物なか』
「副産物?」
『夏油くん、手出して』
不思議そうにしながらも出された筋肉質な手のひらに、ころんと2つ。小さな呪塊を落とす。
「呪霊玉、とは違うな…これは?」
『呪塊。私が食べた呪霊の成れの果て、金の粒』
「呪塊…?」
『それから、私が生かされてる理由』
喰呪師は、呪いを喰べた後に呪塊と呼ばれるものを作り出す。それらは呪詛師の間で高く取引された。呪塊は使う人の呪力を底上がすることができる上、術師本人の呪力を使わずに対象を呪うこともできたという。それ故に、喰呪ができるものは村で重宝されていた。他にも使い方は色々あったらしい。
『上の人はそれが欲しいみたい。使い方も知らないのにね』
「先輩は知っているんですか?」
曖昧に笑う。夏油くんも何か察してくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。思うところがあるようで、手の中で転がる呪塊を見ている。その横顔から少し怒りを感じて、優しい子だなと再度思った。知らない人には無用な長物だけど、呪術を扱う人にはある程度利益がある。
『それ、あげる』
「え?」
『持ってると良いことあるよ、多分』
上層部は知らないことだけれど、実は呪塊は小さい程精度が高い。それだけ不純物もなく圧縮されている証拠ということに、最近気づいた。だからと言って信用してない上層部に全てを明かすのも懸念があるし、これが一箇所に集まることも避けたい。
最強の1人である夏油くんにも持っててもらうくらいが、丁度いいのかもしれない。何かあれば、五条くんが何とかするだろう。
『交渉材料として使えるし呪詛師相手にならお金にもなるから』
「因みにこれだといくらなんですか?」
『うーん…詳しくは知らないけど昔だと指4本くらいだったみたいだよ』
「40…」
『五条くんのポケットマネーには負けるけど、中々でしょ?後輩たちは何かと大きな問題起こしそうだから、一応支援金ね』
「私は悟と違ってこっそり上手くやってるつもりですけどね」
『その発言は問題なんじゃ…』
「バレなければイカサマではないので」
相変わらず胡散臭い笑顔で、どこかで聞いたセリフを吐く。優等生かと思いきや、夜蛾先生の言った通り問題児だった。2人を見てると、危ない橋は渡る、という選択肢しか取らないんじゃないかなんて考えてしまう。楽しそうだからいいけれど。
『屁理屈だなあ』
「ですが流石に貰えませんよ」
『要らないからいいよ。私が持ってても使えないし』
「学生には身に余るものなので」
『バレなければいいんでしょ?危険手当と思えばいいよ。要らなかったら五条くんに言えば処理してくれると思う』
何たって六眼持ちだし、御三家ともなれば呪塊が何たるかも知っているはずだ。他の家系に回るよりも五条家で管理してもらった方が適切に処理してもらえるだろうという思惑もあった。
「今度は先輩が喰べるところを見せてくださいね」
『ふふ。機会があったらね』
お互いに笑って、帰路に着く。夏油くんの意外な一面を見れて楽しかったので、たまには誰かと組んで任務をするのもいいかもしれない。そんな事を思った1日だった。
「傑。お前それ何持ってんだよ」
「瀬波先輩から貰った。呪塊と言うものらしい。悟、知ってる?」
「知ってるも何もそれ超絶ヤバいやつじゃん。何、先輩あの村出身なん?ゲロやば」
「そんなに?何に使うかわからないし呪力は感じないけど」
「しかも相当純度高ぇな。持っててもいいけどぜってー俺以外に見せんな」
「分かったよ、気を付ける。そういえばこれ、昔だと40万くらいで売れたらしいね。テレビでも買うかい?」
「いや、桁もう一個上な。今はその2〜3倍の値段で売れるぜ?貢がれてんなー傑」
「…」