消毒液と酸化した血の臭い。それらが混ぜ合わさった病室で、灰原となまえはこんこんと眠っている。治療をした家入は、出来ることは終わったからと煙草を持って出て行った。灰原は一度目を覚ましたようだが、回復の為かまた深い眠りへと落ちたようだ。
一方、なまえは一度も目覚めてはいない。治療を終えて頬には傷一つないのに、生気のない肌色のままだ。

「なんてことはない、二級呪霊の討伐任務のハズだったのに…っ!!クソッ…!産土神信仰…あれは土地神でした…一級案件だ…!」

七海が悔しさを滲ませる。
そう、なんて事ない二級呪霊の討伐のはずだった。なまえもそう言っていたし、調査では変異なども見られていなかった。それがまさか。死者が出ていないことだけが、救いかもしれない。

「瀬波先輩がいくら呪力や呪いを喰べられると言っても限界がありました…我々より階級が高いとは言え相性もある。その結果がこれです」
「誰も死ななかった。それだけでも十分だ。今はとにかく休め、七海。任務は悟が引き継いだ。」
「もうあの人一人で良くないですか?」

感情が抜け落ちたような声音で、七海が呟いた。シーツをかけ直す手が止まる。
言いたいことは解る。あの一件以来、最強と言われていた五条悟は持って生まれたその才能を存分に開花させた。圧倒的な存在感と強さは、期待と希望、憧れを持つには十分すぎる。一方でそれは、嫉妬や屈辱をも生んでいた。
眩しすぎるが故に、その輝きに目が眩んで己の立ち位置を見失う。比べる必要なんてどこにもないのに勝手に置いて行かれた気分になり、絶望する。それは、己にも当てはまることであった。
数人でも危険な任務さえ、あの最強にとっては大人が九九を諳んじる程度の難易度なのだろう。
強さが違う。才能が違う。どれだけ血反吐を吐いたって、追い付けない。その差をまざまざと見せつけられて、己の無力さを感じない人間なんているのだろうか。

「呪霊はどんどん強くなっています。一年にできることなんて限られている。我々が3日かけて行う任務も、あの人に罹れば一瞬でしょう」
「……七海」
「我々が呪術高専にいる意味って、何でしょうね」

その言葉が、体の奥深くに染み込んでいく。
自分たちがいなくても、そう思ったことは一度や二度ではない。特に、親友の覚醒を見た後からはずっと、心の何処かに引っかかっているのだ。何か言わなければと思うが、七海の言葉を肯定している自分もいた。そんな己が何か言葉をかけたところで、気休めにもならないだろう。
夏油にできたのは、再度休むように後輩を促すだけであった。

任務を引き継いでから半日、相変わらず五条悟はけろっとした顔で呪術高専へ戻ってきていた。口笛を吹くような軽い足取り。その身体には勿論、制服にさえも塵一つ付いていなかった。本当に同じ任務だったのかと疑いたくなる。
身体の中に淀む黒い感情に蓋をして、同じように片手を上げる。

「傑〜」
「おかえり、悟。怪我はないようだね。心配はしてなかったけど」
「あんな雑魚に手間取るわけねぇだろ。この後もすぐ任務なんですけど〜超だりー…」
「ははっ。悟は今や敵なしだからな。出来る人間に仕事が多く振り分けられるのは当然のことさ」
「また正論?マジで弱い奴らに気ぃ遣うの疲れるわ。さっさと一級くらい片手で払えるようになってほしいね、全く」
「…悟」

諌めるように声を低くすれば、相変わらず弱いものの味方かよ、とつまらなさそうな顔になった。少しでも強くなって欲しいという気持ちはあるのだろう。ただそれは、強者の言い訳だ。
他人のことを慮らないところは五条の良いところであり、悪いところでもあった。

「灰原は?」
「一度起きたが寝てるよ。腕は硝子でも治せなかった」
「…チッ。瀬波は…寝てるか。あいつ体力ねぇもんな」
「腹に穴が空いていたから一時はどうなることかと思ったが持ち直したようだ」
「へえ?良く生きてたな。死ぬだろ、普通。何、先輩反転術式使えるようになったの?」
「硝子も不思議がっていたが、結局分からなかった。反転術式を使えるなら完治させる筈だし、可能性は低い」
「そりゃそうか」

いつもは弱い弱いと揶揄いながらも今回ばかりは心配はしているらしい。気恥ずかしいのか、誤魔化すようにガシガシ、と頭を掻く。

「まあ、良かったじゃん?」
「そうだな。命があるだけましだ。灰原は死んでてもおかしくなかった」
「ちげーよ。お前のことだよ、傑」
「私?」
「付き合ってんだろ?先輩と。良かったじゃん、生きてて」
「、は?」
「あ?」

2人で腑に落ちない顔をする。

「え、ちげぇの?セフレ?」
「それこそあり得ないだろ。先輩に失礼だ」
「えっ?まじで?拗らせてんじゃん、ウケる〜」




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