「たまに思うんだ。私が居なくなっても悟一人が居れば問題ないんじゃないかと」

いつものように口直しのキスを強請られた後、背中越しにぽつりと夏油くんが零した。呼吸を整えながら、身体の向きを変える。ベッドが軋む音と衣擦れの音がやけに大きくきこえた。暗い部屋のせいか、彼の顔はよく見えない。絡めて遊んでいた指から、ぱらぱらと髪の毛が逃げた。

「…どう言う意味?」
「今までは二人で最強だったし、お互いにそう思っていた。でも今は埋まらない差を感じる。二人でこなしていた任務も一人でこなせるようになっているしね。最強は一人でも成り立つんだ」
「……」
「かと言って自分が無力とも思わない。ただ、悟は私ができないことを簡単にやってのける。悟ができないことは私にもできない。そうなったら、2人で最強を名乗る意味などない。そんな詮無いことを最近は考えてしまうんだ」
「夏油くんは優しいね」
「買い被りすぎだ。私は皆が思っているよりも薄情な人間さ。仲間が死んでいく姿を見て、非呪術師さえ居なければと考えることも増えた」
「誰かの死を悼む人に、優しくない人なんていないよ」

目を瞑った。とくん、とくん、と夏油くんの生きている音がする。穏やかな音に混ざる、出口の見えない感情。それらは静かに、この心臓にさえ巣食っている。

「私は一体何のために、呪霊を取り込んでいるんだろうね」

その言葉は重かった。恐らくこれは、彼が漸く吐き出せた弱音であり本音だ。意味を持つことは大事だとも言っていた。そうしないと自分が折れてしまう事を、何処かで感じていたのだろう。
呪術師は非呪術師のためにある。そう言って五条くんと喧嘩したのはいつだったか。

「なまえさんは?」
「え?」
「何のために呪霊を喰べてるの?」
「私は…」

改めて聞かれると、説明できつだけの明確な答えは出てこなかった。実を言うと、呪霊を喰べることに対して特に大義名分を持っている訳ではないし、その意味を考えたこともない。育った環境もあるのだろう。物心ついた頃には、喰べることは当たり前だった。

「正直に言うと、何の為、とかは考えてないかな」
「…そうか」
「喰べることが出来るから喰べる。その行為が巡り巡って誰かの事を救えるなら、それは意味のある事だと思う」

夏油くんが欲しい答えはきっとあげられない。考え方はそれぞれ違うし、彼の苦悩を理解できるとは思わないから。彼自身、自分の思いに関しては、賛同も感想も求めていないことは何となく分かった。

「灰原くんの言葉を借りるなら、目の前のことに一生懸命取り組む、その為に私は喰べてるのかな。結果がどうなるかは喰べるまでは分からないし、私以外の人に私の感情を振り回されたくないと思ってる」

私の術式を見た人の反応は様々だ。感謝する人、気持ち悪いと目を逸らす人、助けてくれなくても良かった、と言われたこともある。かと言って、喰べる行為をやめるかと言われたらまた別だ。喰べると決めたから喰べる。食べたくないなら別の方法を取る。多分、理由も意味も考えてるよりも単純で、でもそれでいいんだと思う。

「ごめん、何言ってるか自分でも分からなくなってきた」
「ははっ。なまえさんらしいね」
「でもね、夏油くんだって一生懸命誰かのために食べてる。それが非術師だけじゃなくて、仲間、自分のためにもなってるからいいんだよ。それだけで、意味はあるんじゃないかな」
「そうだといいね」
「食べたくないなら食べなくていい。自分が欲しい呪霊だけ取り込んでも、だれも文句言わないよ。夏油くんには遊雲もあるし、私も五条くんも、後輩だっている。夏油くんができないところをカバーするのが仲間でしょ?どっちもできない事でも2人だから出来たら、それはまだ最強なんじゃないのかな?」

ちょっとくらい我儘になって休んでもだれも怒らないよ、と言えば、そうだねと笑った。手を伸ばして少し冷えた頬を撫でる。夏油くんは何を言うでもなく、目を瞑って受け入れた。鼻筋から目尻へ、親指でなぞる。手のひらに触れる息は、熱かった。

「なまえさんが居てくれて良かった」

頬を覆っていた手に、夏油くんの手が重ねられる。そのまま、薄い唇で手のひらを吸われた。手を伸ばして、彼の頭を抱きこむ。背中に回された腕は、縋るものを探しているみたいだった。

「私も、夏油くんが居てくれて救われてるよ」

いつだって、彼らは私の支えだった。問題児だけど安心して任せられる後輩たちで、助けてもらったことも数知れず。一人でも、二人でもそれは変わらない。特に夏油くんは、一緒に組むようになってからお世話になりっぱなしだ。“喰べる“のだって、ちょっとした恩返しのつもりだった。少しでも伝わってると嬉しい。

「私も今度、“いただきます“と言ってから取り込んでみようかな」
「あはは!命を頂くことは間違ってないしいいかもしれない。嫌そうな顔して言ってる姿、想像できちゃう」
「有り難みを全く感じないからね。言うだけ味がマシにになってくれたらいいが」
「不味くてどうしようもなかったら、また口直ししてあげるよ」
「本当に?じゃあお代わりしようかな」
「ちょ、今日はもうおわ…っ!」




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