自販機が置いてある休憩所に顔を出すと、先客がいた。自由奔放を絵に描いたような女性と髪の毛を下ろした夏油くん。珍しい組み合わせだった。私に気づいた彼女は片手を上げる。相変わらず神出鬼没というか何というか。国内外問わず奔放しているため、高専にいる事自体珍しい。明日は槍が降るかも知れない。
「九十九さん、後輩いじめちゃダメですよ」
「なまえちゃん、久しぶり〜。虐めるなんてしないよ、同じ特級だからね」
「お久しぶりです。私のことは揶揄うのに…?」
「君は揶揄い甲斐があるからね。そうだ、海外土産をやろう」
手招きされるので疑いながらも近寄る。九十九さんはたまに本当に美味しいドライフルーツをくれるので、騙される価値はある。今回は案の定、海外のレシートだった。いらない。
「夏油くんも久しぶり。特級おめでとう」
「有難うございます。珍しいですね、なまえさんがここに居るのは」
「灰原くん探してて。見かけてない?」
「灰原ならさっきまでいましたよ」
教えてくれた夏油くんにお礼を言う。どうやら入れ違いになったらしい。急ぎではないから後でもいいだろうと、ちょっと二人の会話に参加することにした。
九十九さんはいつも通りのらりくらりと任務を躱し、放浪の傍ら研究をしているらしい。どんな研究なのかは知らない。でも、世界のためになるかもしれないものらしい。
「学長に顔を出しては行かないんですか?」
「予定にないね。絶対仕事振られるから。バレる前に出るつもりだよ」
「その分、仕事が後輩に振られちゃうので、少しは引き取ってくれると嬉しいです」
「えー私、高専嫌いだからなあ」
ケラケラと笑う九十九さんの横で、夏油くんは相変わらず疲れた顔をしている。彼だって出ずっぱりなんですよ、と言えば、優秀な後輩が育ってくれて鼻が高い、と適当な言葉を返された。
「まあ、なまえにも本当は手伝って貰いたいんだけどね。君がいれば案外簡単かも知れない」
「何の話ですか?」
「こちらの話。じゃあ、私は帰ろうかな」
立ち上がった彼女は、もう用は済んだとばかりに歩き出す。本当に風みたいな人だ。
バイクに跨り、エンジンを蒸す彼女を夏油くんと一緒に見送る。本当に、任務をする気がないようで変わらない姿に笑ってしまった。
「じゃあね、本当は五条君にも挨拶したかったけど、間が悪かったようだ」
「連絡下さったら次回調整しておきますよ」
「絶対嫌だね。私がここに来たことも出来れば黙っておいてくれ」
「仕方ないですね」
「それから夏油くん、まあこれからは特級同士、3人仲良くしよう」
「悟には私から言っておきます」
九十九さんはその言葉に満足そうに頷いて、ゴーグルを掛ける。そして、思い出したかのようにもう一度私たちの方を向いた。
「あ、そうだ。最後に……星漿体のことは気にしなくていい。あの時もう一人星漿体がいたか既に新しい星漿体が生まれたのか。どちらにしろ天元は安定しているよ」
「…でしょうね」
今思い出しても、あの事件は関係者たちに暗い影を落としている。九十九さんは本当に気遣いから言ってくれたのだと思うけど、今の彼には逆効果のようにも見えた。
大きな音を響かせるバイクが段々見えなくなる。こっそり夏油くんに視線を向ければ、やはりどこか上の空で九十九さんが去った方を見ていた。
「夏油くん、疲れてるね」
「私だけじゃないよ。最近は一人だし呪霊の発生も多い。それになまえさんとも会えなかったしね。一人暮らしは慣れた?」
「うん。実地研修が終わったら多分寮に戻るよ。みんなに会えなくて寂しい」
4年に上がってからは卒業後の進路のこともあり、座学ではなく実地研修という形で補助監督官の仕事を割り振られている。兎に角現場に人は足りないし、習うより慣れろということらしかった。その為、今は寮ではなく交通の便が良い都内にアパートを借りている。
「ここに来たってことは、任務の確認かな?」
「うん。補助監督官に穴が空いたみたいで、急遽灰原くんたちの次の任務に同行することになったの。だから今日は寮に泊まるよ」
「明日から?」
「うん。お土産何がいい?」
「そうだな。灰原にも言ったけど、悟も食べるだろうから、」
「五条くんの分は灰原くんに任せるよ。夏油くんは何がいい?やっぱり蕎麦?」
「特産品に蕎麦があるの?」
「分かんない。無かったら、そばぼうろにでもしようかな」
ぎゅっと遠慮がちに指先を握られる。疲れなのか精神的になのか分からないけど、あまり眠れてないのだろう。目の下の隈が酷い。それなのにこれから任務だという。特級術師と言えど、夏油くんはまだ高校生だ。多感な時期に追い討ちをかけるような任務はしてほしくないけれど、これも才能がある所以なんだろうか。
せめぎ合う感情に押しつぶされそうな姿は見ていて辛かった。かといって、私にできることは何もない。
「……部屋に行っても?」
「いいよ。あんまり遅いと寝ちゃうかも知れないけど。待ってるね」
「なるべく早く終わらせる」
「…今ちょっと喰べようか?」
私の誘いを、夏油くんは断らなかった。
手を引かれて何処かの空き教室に入る。元々数える程しか生徒も教師もいない上、みんな任務に駆り出されているので、人目を気にする必要はなかった。
彼が机に軽く腰掛けるようにして、重心を落としてくれた。それでも頭一個分、夏油くんの方が大きい。
唇に呼吸が触れる。目を瞑りながら少し背伸びをして、唇同士をくっつけた。食んで、舐めて、触れる。何度か触れた後、夏油くんの舌先が急かすようにつっいて、割り込んできた。ぎゅっと、彼のTシャツに縋る。
「んっ、…」
唾液と吐息の交換。キスの合間に流れ込んでくる呪いに似たもの。ずいぶん溜め込んでいたのか、重たいものも多い。静かな教室に、くちゅっと粘り気のある音とくぐもった呼吸がやけに響いた。
ずっと上を向いているから首が痛い。息も苦しくなってきたところで、夏油くんの肩を叩く。それでも、暫く唇は離れなかった。何度も行き来をして。流石に限界で、今度はもう少し強めに肩を叩けば、最後に舌を擦り合わせて、名残惜しそうに去って行く。
「フフッ…真っ赤だね」
「夏油くんの、せいだよ」
余裕そうに笑う。その顔が好きだ。呼吸が整うまで背中を撫でてくれる手も。壊れそうなくらい繊細なところも。女の子がキュンとすることをスマートにできてしまう。
高校生でこれなんだから、大人になったらどんな色男になるのか。女の子を泣かせやしないか、先輩として心配だ。
「続きは夜、かな」
「悪い男の言い方だ…!」
態とらしく身体を震わせれば、今更ですか?とにこやかに返される。ふらふらにしたお詫びなのか分からないけど、時間いっぱいまで灰原くんたちを探すのを手伝ってくれたので、良しとする。
「なまえさん、あんまり自分を安売りしない方がいい。その辺の悪い男に簡単に騙されてそうで心配だな」
「え、それこそ今更夏油くんが言う?」
「私はいいんだ。悪い男の自覚はあるから」
「それもどうなの?」