「瀬波先輩ってさ〜呪いだけじゃなくて人の感情も喰べるって、まじぃ?」
教室で課題をやっていたら、天上天下唯我独尊をままにする五条くんに絡まれた。空いた椅子を引っ張ってどかりと腰を下ろしているから、私が答えるまでそこにいるつもりみたいだ。前も絡まれたけどまだ諦めてなかったらしい。夜蛾先生から私の術式に関する詳しい話を聞いたようで、また突っかかって来るようになった。どこに興味を引く内容があったのかは知らないけれど。
『本当だよ。どうして?』
「それってどんな味すんの?」
『人によって色々』
「ふーん。じゃあさ、俺でいいから食べてみてよ」
ほらほら〜と広げた両手を振ってアピールしてくる。子供みたいだ。けれど喰べる気もなければ、その我儘に乗ってあげるつもりもない。そもそも、純粋な興味の中に喰べれるようなものもなかった。
『喰べないよ。五条くんに喰べられる部分ないし、勝手に術式発動させないって先生と約束してるもの』
「許可取ればいいんだ?」
『そういう問題でもないかな。廃人が出たら困るのは高専だから』
このお話は終わり、と切り上げるも、五条くんは不機嫌そうに食いつく。どうしても見たいらしい。彼が持つ無限下術式に比べたら全然大した術式でもないのに、何でそんなにこだわるのか謎だ。駄目だよ、いいじゃんの繰り返しで埒があかない。
「減るもんじゃねぇだろ?」
『誰かの感情は確実に減るから駄目』
「だから俺でいいじゃん」
『私、人間に対してはまだ対象選べないの。範囲も曖昧だし』
「優しい後輩が練習に付き合ってやるよ」
こうやって押し問答してる間に、保護者の夏油くんが見つけてくれることを祈る。任務までに課題を終わらせたかったけど、これだと無理そうだ。溜息を吐くと、今までジーッと見つめていた五条くんがニヤリと笑った。
「その面紗にも術式張ってあんじゃん。その下どうなってんの?俺、瀬波先輩の素顔って興味あったんだよね」
「…っ?!」
言うが早いか、止める間も無く面紗を取られた。パッと手で口を覆うも、彼のスピードとパワーに勝てるはずもなくべりっと剥がされる。かと思えば、顎を固定されて、口の中に手を突っ込まれた。そのまま舌を引きずり出され、まじまじと六眼で見られる。軽くパニックだ。
なにこの後輩。遠慮がなさすぎる。
「へえ?こんな術式初めて見たわ。呪言とはまた違う。でもこれ取り込むだけじゃん、解呪はどこでやんの?あー成程、食道とか胃?いや消化器官全部か、きっもー!」
酷い後輩だ。ケラケラと笑って勝手に暴いて、暴言吐いてくる。舌を引っ張られてるから痛いし喋れないし、かと言って彼が持っている感情は純粋な楽しさだから、喰べるようなものでもない。
「硝子が解剖したいって言ってたの分かった気がする。ねえねえ、先輩。これって…」
「悟、こんなところに居たのか。課題出してないって硝子が探して、…」
こんな時に限って夏油くんが来てしまうなんて。まずい。苦しさで、目尻に溜まってた涙が溢れた。彼も今の状況を見て固まっている。じわり、術式が動き出したのが分かった。五条くんが目を輝かせる。
「ー…っ!!!」
私が渾身の力で五条くんを平手打ちしたのと、夏油くんが五条くんの頭に拳を落としたのと、アラートが校内に鳴り響いたのは同時だった。
「本当に五条はどうしようもないな。お前の六眼から先に解剖してやろうか?」
頬に咲いた赤い紅葉と、脳天にできたたんこぶ。硝子ちゃんは治療する気はさらさら無いらしく、保冷剤だけを渡していた。五条くんがこれ以上暴挙に出ないようにと、夏油くんが間に立ってくれている。大きな背中が守ってくれているようで、大変ありがたい。普通の女の子だったら惚れているかもしれない。
「悟、人の嫌がることはするなと小学校で習わなかったか?」
「あーはいはい。お母さんかよ。傑ママこわーい」
「……もう一発くらい落としても問題なさそうだね」
「これ以上やったら頭割れるわふざけんな。おい、硝子治せよ」
「めんどくさーい。イケメンに磨きがかかっていいじゃん」
「戒めに丁度いいね」
「ああ!もうウルセェな!!謝ればいいんだろ?!どうもすみませんネェーーー!!!」
口をへの字に曲げ、如何にも俺悪くないと言わんばかりである。おまけにこめかみに青筋まで出しているのだから、全く謝られてる気はしなかった。
「ガキだ」
「ガキだな」
『こんな太々しい謝罪、初めて見た』
「なまえさん、まじでもうこいつ相手にしなくていいよ」
「本当、悟がすみませんでした。よく言って聞かせます」
「別に隠すほどの術式でもねぇだろ」
勉強家なのはとても良いことだと思う。でも流石に今回の事はちょっとトラウマになりそうだ。そもそも術式を隠したいんじゃなくて、被害を出したくないだけなのに伝わらないもどかしさと言ったらない。
『五条くんの無限下領域はマニュアルで発動させてるの?』
「それ以外になにがあんの?」
『私の術式はね、オートなの。だから今マニュアルに切り替える練習をしてて、その工程でこの面紗だったり、発動条件に縛りを課してる状態なんだよ」
術式の制御訓練が、高専に来た理由の一つでもあった。
対象が目の前に来て、私が口を開いたら勝手に発動してしまう。だから人前で話さないし飲食をしない。面紗にも術式を無効化する結界みたいなものが施されているが、これはまだ試作段階のため、なるべく口を開かないように過ごしている。
だから勝手に発動できないし、したくない。そこは分かってほしいとかみ砕いて説明した。
『どうしても見たいなら夜蛾先生に言って任務を組んでもらうしかないかなあ』
「先輩、悟を甘やかさなくていいですよ」
「傑だって興味津々だったじゃん」
「意図的に見せないんじゃなくて見せられないんだ。先輩を泣かせてまで暴くようなものでもないだろ」
「つまんねー」
「悟にまた何かされたら呼んでください。これ、私の連絡先です」
『げ、夏油くん…!』
あまりにスマートな連絡先の渡し方で、思わず感動してしまった。
視界の向こうで、五条くんと硝子ちゃんがものすごく変な顔をしている。効果音で言うなら、“げぇっ”という顔。
「夏油が任務の時になまえさんから連絡あったらどうすんの?」
「飼ってる呪霊でも飛ばそうかな」
『それはちょっと…』