「あ…」
寮に帰るのにちょっとでも近道をしようと、誰も使っていない寂れた野外喫煙所を通りかかった時だ。薄明かりが灯る街灯の下、すらりと伸びた人影を見つけた。ポケットに手を入れて、空中に煙を吐き出している。
「…おかえり」
夏油くんは私と目が合うと、笑ってから罰が悪そうに咥えかけた煙草を揉み消した。まだ吸い始めたばかりだったようで、一本無駄にさせてしまったのがなんだが申し訳ない。
「いいの?先生に言ったりしないよ」
「先輩が戻らないならと思っただけだから」
未成年なのに、と言って咎めるつもりはないし、夏油くんが優等生に見えて結構悪いことをしてるのも知っている。今更目くじらを立てるつもりもない。
「遅かったね。任務長引いた?」
「ううん。行き帰りで結構時間掛かっちゃっただけ。夏油くんはこんな時間まで起きてたの?」
「3人で飲んでたんだ。さとるはジュースだけどね」
「また?懲りないね」
「そうだね。……先輩」
「…吸ってからでも平気だよ。まだ寝ないし」
「苦いのは嫌だって言ってなかった?」
「嫌というより苦手なだけかな。私には馴染みがない味だから」
ゆっくり一服しててよかったのに、私に合わせて寮に戻ることに決めたらしい。本当にいいの?と尋ねると、夏油くんは笑って歩き出した。
「私も好きというわけではないからね」
「そうなんだ。硝子ちゃんとよく吸ってるから好きなのかと思ってた」
「昔はこれしか紛らわす方法がなかった。今は先 なまえさんがいるし出番は殆ど無くなったよ」
「…なんだが複雑な気分」
「そう?私は凄く得をしている気分だけど」
「今考えると凄いことしたよね。今更恥ずかしくなってきた」
「大人しいイメージのなまえさんに迫られるなんて思ってなかったから、あの時は私も興奮したよ」
「言い方!やめて、ほんと恥ずかしい…」
彼は笑って、顔を近づけてきた。面紗に呼吸が触れる。三白眼と目があって、足が地面に縫い付けられた。僅かに彼が吸ってる煙草の匂いが香って、離れてていく。夏油くんは誰もいない場所で、こういった戯れのような軽いキスを良くするようになった。薄い壁があるからセーフとでも思っているんだろうか。
「布が邪魔だな」
「戯れもほどほどにしないと、後ろから刺されちゃうよ」
「なまえさんこそ抵抗の素振りを一つくらい見せないと。私のような人間はつけ上がるよ」
「させてくれないくせに?」
「させるつもりもないからね」
夏油くんは私の手を取って、引っ張るようにして歩いていく。歩幅をちゃんと合わせてくれる
「今日は私の部屋でもいいかな?勿論、帰るときは送るよ」
「珍しいね」
「さっきまで硝子の部屋で飲んでたんだ。先輩が戻ったら呼びにくるかもしれないし、邪魔されても困る」
扉を閉めて面紗を取ると、夏油くんは直ぐに唇を合わせてきた。今日は入れ違いの任務だったから、もしかしたらずっと違和感が口の中にあったのかもしれない。薄く開いた唇をそっと舌で押すと、待っていましたとばかりに導かれた。
「んっ、」
丁寧に擦り合わせて、口腔内に残った残穢を攫っていく。私が喰べているときは、夏油くんは殆ど自ら動いたりはしなかった。大人しくしてくれている分には喰べ易いのだけど、時たまそっと目を開けて私の拙い動きを楽しんでいるらしい。こちらの動きが少しでも止まると、舌先で小さく主張してくることもある。
夏油くんにとって呪霊は物凄く不味いらしい。それが負担になって、彼が潰れそうになったことがある。その時にちょっとした出来心で手を出してしまったのが、この関係の始まりだった。
私の術式は負の感情や呪いを喰べて解呪することができる。だから、夏油くんが処理しきれなかった呪いの残穢や負の感情を私が喰べたら、少しは負担が減るんじゃないかなと、そんな軽い気持ちだった。
ただ、その方法が特殊なのだ。
術式が刻まれてるのは、私の舌から消化器官にかけて。空気中に漂う残穢や呪い、感情なら特に気にせず喰べられるのだけど、夏油くんの術式は取り込むことによる呪霊操術。その残穢を喰べるにはどうしても接触が必要になってくるのだ。