君は優しい



「あ、あのっ!」


5舎の廊下で少し前を歩く彼を見て、慌てて後を追う。勇気を持って声をかけると、彼は他の人に対するように自然な動きで振り向いた。
聞いたことの無い声の本人が私だと気付くと眉間にシワがよってしまって、少しだけ悲しい気分になる。

でもちゃんと伝えたい。


「新年大会の時に医務室まで運んでくれて、ありがとうございました!!」


言い終わると同時にバッと頭を下げる。お兄さんである猿鬼さんに頼まれたからとはいえ、とても不本意だっただろう。

彼は私のことが嫌いだから。


「そ、それでは...」


なにも言わない相手に居心地が悪くなってその場を去ろうとしたが、振り返った途端に首根っこを掴まれて立ち止まるハメになってしまった。一体全体なんだと言うのだろう。


「悪かった」


いつもの音量からは考えられないぐらい小声で彼は謝罪した。何に対してか検討もつかない。申し訳なさそうに目を泳がせて。


「だから!悪かったって!!今までお前のことを良く知らなかったとはいえ、きつく当たっちまって」


私の沈黙を聞こえなかったと思ったのか、大きい声で言い直してくれた。私こそ悪い態度を取っていたから、謝らないと。そう思ったが言葉を出せるほど今の私は余裕がもてなくて、声の代わりに涙が出てきてしまった。


「なんで泣いてんだよ!」


初めて貴方がまともに会話してくれたのが嬉しいなんて、聞いたら気持ち悪いと思うんじゃ無いだろうか。

猿鬼さんの弟という色眼鏡で見られながら、実力でそいつらを黙らせようと必至になって修行する姿は私を感心させた。私のことをよく思ってないのは知っていたし、当時は私も猿鬼さんとの手合わせに必死になっていたから近付くことはなかったけど。

すれ違っては少しだけ目で追って。同じ看守室に居たら気配を少しだけ追ってしまう。声はなぜか良く耳に届いてきて。

頑張る姿に憧れていた。私もあんな風になれたらと、堂々とその背中を追いかけられたらと何度思ったか。

気付いた時にはもう遠い存在になってしまっていた。


「すみません」


私が言えることなんて、全てを簡単に込められるこんな言葉だけだった。


「私の方こそひどい態度で、嫌な思いたくさんさせてしまって」


涙は徐々に収まってきて、少し顔を上げると猿門さんと目が合う。一瞬でそらされてしまったけど、綺麗な色だなぁと思った。


「別にいい」


そんな返しを貰ったけど、これから仲良くできればいいなと、俯いて少し笑った。


「私、孤児なんです」


自分でもなんでこんな話をし始めたのかわからない。猿鬼さんには口止めをして黙って貰ってる癖して、自分かってだと思う。
でも彼には知ってて欲しいと思った。でも頭のどこかで知られてもいいかな、なんて楽観的に考えた。

突然の告白に驚きながらも、壁に寄りかかって聞く姿勢を持ってくれた彼に甘えて言葉を続けた。
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