鈍(い)痛(み)
復帰早々何をしてんだと自分を呪った。馬鹿みたいに心配かけたくせに私は一体何をした?馬鹿だなぁ相変わらず。
本当に。馬鹿すぎて吐き気がする。
今度は自分の部屋のベッドに寝っ転がってため息をついた。
気を抜いたら涙が出てきそうで、深呼吸をして無理やり目を閉じた。私は何もかも揃ってない。
どうすればいいんだろう。
もういっそのこと、辞めちゃおうか。
私の中の弱い部分が言った。
▽ △ ▽ △
「おはようございます」
「おー」
「猪里さん、頭痛いんで離してください」
「どーしよっかな」
「....はぁ」
「そんな怒んなって!!」
看守室に入った瞬間私の頭を肘置きにした猪里さんをジトっとした目で見ると、手をどけながら言った。わざと大袈裟に反応しているのは知ってるので、無視して無言で席に着く。すると猪里さんも自席へ向かっていた。さっそく競馬新聞広げて忙しそうにしているが、猿門さんが居ないので誰も叱らない。ひと時の自由を楽しんでいればいいと思う。それで怒られてしまえ。
「六力さーん」
「どうした」
「新人さんのお迎えってどうしますか?」
猿門さんが居ないので必然的に行くことになる猪里さん。競馬新聞を熱心に読み込んでいるその人を指さしながら言うと、お前が行ってこいと言われた。ここで六力さんが行くところじゃないのか!と騒いでも、きっと意味が無いだろう。
丸いプラスチックボールを六力さんに向かって投げてから看守室を出た。六力さんが我慢できずに蹴って、猪里さんに当たればいいと思う。
「あの、貴方が5舎に来る新人さんですか?」
フラフラ歩いてた見覚えのない人物に声をかけるとそうですと返事を頂いた。時間に誰も来なかったから少しずつ5舎に向かって歩いてきたらしい。
それは本当に申し訳ないことをしたと思う。
「すみません」
「いえ、大丈夫です...!」
「私は苗字名前です」
「三蔵法月と言います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
5舎に向かいながら自己紹介をすませる。それからは雑談をしながら看守室に向かった。法月くんは物腰柔らかい好青年で、5舎には居なかったタイプである。
軽い説明もしながら歩いていると、気の所為だと自分に言い聞かせてた頭痛の痛みが増す。増すと言っても鈍痛で、だんだん痛みが増してくる感じだ。
「法月くん、そこ看守室ね。誰かいると思うから私はここで」
「名前さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあまたね」
彼が看守室に入るのを見届けて、人があまり来ない場所に向かった。物陰に隠れるとペタリと座り込み、帽子を取って目の前を隠す。
彼の名前を聞いた時に何かを感じた。何を感じた?
違うと思った。何が違った?
鈍痛がだんだんと酷くなっていく。
「さんぞう...のりこ?誰?」
思わず声に出していた。覚えのない名前。だが、どこかで聞いたことのある響きだった。誰のことなのか思い出すことが出来ない。忘れてしまったのだろうか。誰かのことを?そんなはずはない。聞いたことがあるだけだ。
自分にそう言い聞かせて立ち上がる。頭の痛みはまだ止まってないけれどさっきよりはマシになった。帽子を被り直して看守室に向かう。
まだ仕事は残っている。今日は58番くんとも手合わせをしようと思った。
誰の名前なのかわからないのはとても気持ちが悪い。
もうしわけないけど、あの名前を忘れてしまいたかった。
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