記憶のないことばかり
「猪里さーん、猿門さんどこですか」
「主任は会議」
「じゃあ私探してくるので、戻ってくるまでにその本しまっといてくださいね」
「あの、私は何をすれば」
「ごめんね、法月くん。あと頼む!」
「えっ!?」

寝っ転がって大人の本を読み始めてしまった猪里さんは宛にならないので法月くんに声をかけて本部へ向かう。任せてしまって申し訳ないけど、嫌な予感がしてそれどころじゃなかった。




△ ▽ △ ▽

『猿鬼さんと一緒さ。いつかここを裏切るってみんなそう思ってる』

嫌な予感とはよく当たるもので。
ノックをしようとした拳が音を立てる寸前で止まる。

『だからみんなアンタに近づかない。あんなの二度とゴメンだって、そう思ってるんだ』

1泊置いて聞こえた言葉に気付いたら扉を開けてしまっていた。

「黙りなさい。二舞下猫」

他舎の看守長達と猿門さんがすごくびっくりしているけど、私が1番自分の行動に驚いてる。

何の話かはわからない。ただ、私の大事な猿門さんが傷ついているのはわかった。

私に聞こえたのはただの1部かもしれない。
きっとこいつはこの人に酷い言葉をなげ続けていたんじゃないだろうかと思考を巡らす。現に三葉主任が止めに入ろうとしていたようだった。

「それ以上は許しません」

胸ぐらを掴んで睨みつける。
怒りで頭がおかしくなりそうだ。もっと早く来れば良かったと思う。

何もかもが遅い自分にイライラした。

「名前、落ち着きなさい」

三葉主任が声を掛けてくれたが、落ち着こうとは微塵も思えなかった。わからないことだらけの私でも、わかることがある。

「貴方馬鹿なの?」
「名前さん....」
「次あんなこと言ったら、殺してやるから」

猿門さんが裏切る?馬鹿すぎて冗談にもならない。

「、名前!」

胸ぐらを掴んだまま、壁に押し付ける。ドンと鈍い音がした。猿門さんも止めに入ろうと声をかけてきたけど、彼の愚行を許そうとは思わない。

「二度と猿門さんに近寄らないで」

もっと言ってやりたかったけどそれだけ言って、私は猿門さんの手を取って引っ張った。

「猿門さん、行きましょう。大変失礼致しました」

お辞儀なんてしてらんないから一言告げてその部屋を出る。俯いた猿門さんの顔を見て、あいつは未来永劫私に恨まれることになるだろうと思った。

少し進んでから思い出したように手を離す。

「さっきは急にすみませんでした」
「いや....、情けないとこ見せちまったな」

どうしたら元気になってくれるか考えて、俯いて私を見てくれない猿門さんのほっぺを引っ張った。何するんだよとこっちを向いた彼にいつも通り笑いかける。

「私は猿門さんが裏切るなんて思ってません。他の舎の方達もきっとそうです。だから、そんな顔しないでください」
「お前、」

目がぱっと大きくなって、それからいつもの目に戻った猿門さんのほっぺから手を離した。まだ私が一番好きな顔にはならないだろうけど、少しでも元気になってくれたならそれでいい。

「じゃあ、私。戻りますね!」

来た目的なんてとっくに忘れて、1人になりたいだろうと猿門さんから離れた。また手合わせお願いします!なんて適当言って5舎への道を歩む。




「俺を元気にしたい?何言ってんだお前...」
「だって元気ないでしょう」
「そうだなぁ...だったら、いつもみたいに笑っててくれよ」

この会話をした覚えはないけれど、頭の中で聞こえたそれは私と猿門さんの声で交わされていた。

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