かつての友よ
苗字名前は第5舎の看守である。前主任、悟空猿鬼が連れてきた名前は他の者から見るとただただ得体の知れない女だった。

当時は、つい先日新人が3人入ってきたばかりなのに。誰もがそう思った。


ただ猿鬼から名前を教えられただけだったその女は、看守服を着てないし、髪の毛はボサボサ。オマケに短パンと半袖から見える腕と足は包帯だらけである。

誰も彼女に近寄らず、彼女もただ猿鬼の指示に従っているだけで誰とも関わろうとしなかった。

そんな状態が1ヶ月も続くと誰もが名前に対して嫌な印象を持つことも何ら変なことではない。挨拶は頭を下げるだけに済ませ、何時でも何処でも猿鬼の後をついてまわる。
例に漏れず猿門ですら彼女のことを嫌っていた。鍛錬の5舎なのに鍛錬に参加せず、自分の兄を追いかけ回すストーカー女。実際に口には出さなかったものの、彼女を嫌っていた者の中でダントツに態度が悪かったのは間違いない。

それを見かねた現3舎主任の三葉キジが名前に声をかけた。彼は名前の肩を掴み、借りていくわよと猿鬼から引き剥がしたのだ。名前は抵抗したが猿鬼に行ってこいと言われてしまったため、大人しくキジに引っ張られるがままに連れていかれた。

「さてあんた、まずはその格好からよ」

そう言ったキジに渡されたのは看守服で、名前は目を見開いた。ワタワタする名前をシャワー室に突っ込んで、キジは髪を切る用意をする。
10分ほどで名前が出てくると椅子に座らせて髪を乾かした。

「あの猿鬼じゃ頼りないだろうから、何か困ったことがあったら私のとこに来なさい」

キジの言葉に時雨は反射的に頷いたが、髪を透かしてる最中だったキジからは注意が飛ぶ。

「このまま髪切ってもいいかしら?あなたショートも似合うわよきっと」

嬉嬉として続けられた言葉にまた頷くと、キジは嬉しそうに髪を切りはじめた。腰ほどあった名前の長い髪をばっさりと切っていく。だんだん軽くなる頭に、名前は自分も気が軽くなって行くような気がした。それはきっと人に話したら気の所為だと言われてしまいそうな類の感覚だったが、名前はとても大切な事のように感じた。

髪を切り終えた名前を見たキジは、満足そうに写真を撮ってから彼女を5舎に帰す。名前は一礼してから踵を返したが、その顔は少し明るいものになっていたと後にキジは語る。

後日サインペンとスケッチブックを持って現れた名前にキジは事実を明かされた。


《先日はありがとうございました
私、声が出ないんです》

《猿鬼さんに頼んで
誰にも言わないでもらってるんです》

《でも三葉さんには伝えておこうと思って、
親切にして下さって嬉しかったです》

《本当にありがとうございました。》



それはもうびっくりした。4枚にわたって書かれた文字は女の子らしさの欠けらも無い、達筆な文字。最後にぺこりと頭を深く下げてすぐ帰ろうとした名前の首根っこを掴んで自分の前に座らせた。

「この前のことは気にしなくていいわ。私が好きでやったことだもの。それと!」

ここでぐっと名前に近付いたキジはじっとりとした目で続けた。

「キジさんって呼びなさい。三葉さんは嫌よ」

一瞬きょとんとした名前はスケッチブックをめくると急いで文章を書き上げる。

《わかりました。キジさん》

それを読んだキジは満足げに口角をあげた。

「そう、それでいいわ」

この1件からキジは熱心に名前を3舎に来るように勧めるようになり猿鬼が困ることになるのだが、名前は信用出来る人が増えたことを素直に喜んでいた。
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