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「次の方どうぞー」
蝶屋敷のとある一室。
ここで私は1ヵ月に1、2回程度、出張問診を行っている。
「千百合さーん?」
扉を開けて入ってきたのは怪我人…ではなく、米神をひくつかせた素晴らしい笑顔のしのぶちゃん。
「し、しのぶちゃん…」
「今日診るのは5人までって言いましたよね?」
「えーっと、あの…その」
笑顔の裏に阿修羅が見える…!
何とか言い訳をしようとするが焦るせいで全くもって思い浮かばない。
何も言えなくて、へらへらと笑っていたら、しのぶちゃんは呆れたように大きなため息をついた。
「千百合さんが治療したい気持ちもわかりますが、まずはご自身の身体を大切にしてください」
「は、はい…ごめんねしのぶちゃん」
しのぶちゃんは年下なのにとてもしっかりした子だ。
無理して治療をする私を心配していつもこうやって叱ってくれる。
その上、患者さんの調節までしてくれる。
さすが若くして柱となっただけある。
素直に謝ればしのぶちゃんはその怒りを引っ込めてくれた。
「姉さんがあちらの部屋でお昼の用意をしているのでいきましょう」
「そっかもうお昼か!
今日のご飯なにかな〜」
集中しすぎてお昼を過ぎていたことに全く気が付かなかった。
時間を意識すると急に空腹を感じ始めるのだから不思議なものだ。
しのぶちゃんと共にご飯の元へと向かう。
「カナエちゃん!調子はどう?」
「千百合さんのお陰で大分調子がいいわ」
用意をしてくれていたカナエちゃんに元気よく声をかける。
数年前、上弦の鬼と戦いで大怪我を負ったカナエちゃんを私は何とか助けた。
ただ当時はまだまだ力が弱く、命は救えたものの後遺症が残ってしまい柱を引退することとなってしまった。
それから私は蝶屋敷に定期的に来るようになった。
カナエちゃんはもう大丈夫だと言い張るけど、私が気になって仕方ないので出張問診という名目で定期健診を行っている。
「いただきます!」
蝶屋敷のお嬢さん方が用意してくれたご飯を食べる。
うん、このお味噌汁だよね。
ほっとするなー。
心の中で1人あーだこーだ言いながら黙々と食べ進める。
みんなで仲良く食べていると、外からばたばたと足音が聞こえてきた。
「カナエ様!しのぶ様!
カナヲがどこにもいません!」
勢いよく飛び込んできたのはアオイちゃん。
その顔はとても焦っているようだ。
カナヲちゃんがいない?
それってもしかして…。
慌てて頭の中から原作知識を引っ張り出す。
そう、確かカナヲちゃんはみんなに内緒で最終選別に行くのよね?
もうそんな時期なのか、なんてのんびりお茶を飲んでいるのは私だけであった。
カナエちゃんとしのぶちゃんはさっと顔色を変え、乱暴に立ち上がる。
「屋敷の中は探したの?」
「はい、でも全く見当たらなくて…」
しのぶちゃんはアオイちゃんと話しながら部屋を出て行ってしまった。
「カナエちゃん?」
険しい顔をして考え込むカナエちゃんに声をかける。
ぱっと表情を一転させ、その顔に笑顔を浮かべる。
「あの子なら大丈夫だとは思うんだけど…。
一応探してくるわ。千百合さんはゆっくりしていって」
「いや、私はもう帰るね。
お邪魔になっちゃうだろうし。
ご飯ごちそうさまでした。今日もおいしかったよ!」
冷静を装ってはいるがカナエちゃんも内心、心配でたまらないのだろう。
私がここにいたら彼女は探しに行けない。
そう思ったので早々と退散することにした。
見送るというカナエちゃんの申し出を断り、家へと向かう。