フォークになった人は味覚に異常が出てから全く味のしない食事を摂り続けることになる。
ケーキ以外は味がしない。だんだん食事をとらなくなる。味と食に飢えてケーキに遭遇し、美味しい食べ物と認識し──食べちゃった♡
……なんてことになるなら、最初から飢えさせなければ良いのでは。というのが結加理の考えだった。
前世の記憶をインストールしてしまってからは、死んだ目でそう言い続けている。
しかし、ポッと出の結加理が思いつくのだから歴代の関係者、研究者が思いつかない訳もなく。その考えが浸透しない理由が存在しているのだ。
世の中、儘ならないものである。
■
結加理がケーキであると発覚したのは小学校低学年の頃。フォークになってしまった同級生に甘噛みされたことがきっかけだった。
「なんでお前、あまいにおいするの? おやつ食べた?」
「食べてない! 学校におやつもって来ちゃダメなんだよ?」
「ん〜? でも……」
「いだっ!」
「ぎゃああああ! せんせぇぇええええ! 結加理ちゃんガブってされた! かまれたぁぁああ!」
当然、その階全体が騒然となった。
場所が学校で、人が大勢いて、相手が子どもだったからまだ対応も迅速に出来たのだ。これが子どもの結加理一人で大人を相手にしなければならない状況だったらのなら、なんて考えたくもない。もはや終わりだった。
そしてこの後、結加理は保護される側になったという訳だ。
悲しい事に、ケーキと発覚した人間は殺人や誘拐、人身売買の被害にあう確率が跳ね上がる。
──この出来事をきっかけに、結加理は前世の記憶をインストールしてしまったという結末である。よっぽどショックだったらしい。
思い出したら思い出したで頭を抱えた。
食事の味が全く感じられなくなるフォークではなくて良かったと安堵するべきか、命を狙われる可能性が出て来るケーキであることを嘆くべきか。ちょっと考えた結果、後者だなぁと表情が抜け落ちた顔で頷いた。
予備殺人鬼扱いはごめん被る。それ以上に食事の味を感じられなくなるのは、食べることが好きな結加理にとっては死の宣告に等しい。
(他人の肉体や体液を摂取した後の人体への影響とか、カニバリズムとか、そもそも衛生面とか、色々思う所はあるけど……三大欲求の内の生きる上で体を動かすのに必要な栄養補給の「食」で味覚障害が起きるとか、そりゃ可笑しくもなるわ。フォークの人には悪いけど本っっっっっ当に自分がフォークじゃなくて良かった)
あまりにも世界の基盤や文化が前世と大きく変わらないため、余計に違いを感じざるを得ない「ケーキ」と「フォーク」の要素。何という特殊設定。最終的に行き着くのがカニバリズムとは。
前世よりも事件発生率が非常に高いこの世界とは、相性最悪である。
(……というか、良く考えなくても、潔癖症の人って詰んでるんじゃ……。それに、ケーキの人間ってフォークからしたら甘いってことになるわけで? 元々甘い物が苦手な人だったら地獄じゃない? やっぱりフォークじゃなくて良かった)
何度目になるか分からないチベスナ顔と死んだ目を曝して、結加理は溜息を吐いたのだった。
学校という場所でフォークと発覚してしまった同級生はいつの間にか登校しなくなり、ケーキと判明した結加理は過保護かというくらい周囲を警戒されている。どちらもまるで腫物扱いだ。
不登校となった同級生は、周囲に何かを言われたわけでも強制されたわけでもない。いや、もしかしたら家族が周囲の目を恐れたのかもしれない。
世間一般的にフォークが自主的に引きこもる、もしくは家族が閉じ込めるパターンは珍しくないのだ。自身が、家族が、いつ殺人衝動に駆られるようになってしまうのか、と恐れて。
──いや、飢えに飢えた状態に陥る前に、食事で味を感じるようにすればいいじゃないか。そもそもの原因を潰せば良いじゃん?
という考えが結加理の頭に浮かんだのは、ケーキもフォークも関係のない世界の知識を有しているからなのだろうか。
今の今まで解決策となり得る取り組みを誰もしてこなかったとは思えない。
ケーキであることが発覚した人間の保護、フォークであることが確認された人間の登録、これは各国どこでも行われていることだ。そのリストを有効活用すればフォーク用の加工食品などを作る会社や国主導での専門機関が設立されていても可笑しくないのではないか。少なくとも結加理はそう考えた。
しかし、現実は無常。そんな会社や組織や専門機関などは、一切存在していなかった。
存在しているのは「フォークの発症前に止める研究」「フォークとしての性質を消す研究」「味覚を取り戻す研究」「食人衝動を抑える薬品の開発」などというものばかり。つまりフォークという存在を消したがっている。世界全体が。
何故だ。排除一辺倒な考えしかないのは何故だ。
訳の分からなさに、脳裏には宇宙に意識を飛ばした猫の図が召喚されたことを此処に明記しておこう。
後日、この世界での事件発生率が異常に高い
理由について気付いてしまい気を失いたくなるのだが、それもまた別件で上書きされてしまう。世の中が事件に充ち溢れすぎていた。
TVから聞こえてくる事件の報道。事件の内容、発生した場所、地名を見聞きして、結加理が首を傾げたのは病院のベッドの上でのことだった。なんだか聞き覚えがあるぞ? と。
怪盗キッド、東都、杯戸町、そして米花町、前世で見聞きしたことがある。実在する地名としてではなく、漫画とアニメで。……ここで主人公のライバルともいえる存在がきっかけだったのは中々に皮肉が利いている。
なお世間を騒がせていたのは結加理の記憶に居る彼ではなく先代である。
彼女が病院のベッドに横たわっている原因は火災による火傷と喉の負傷。実家に火が放たれ、全焼。同居家族は結加理を残して全員死亡。これがその身に降りかかった凶事である。
放火犯の供述としてはこうだ。
「おいしそうな匂いがした」
「ケーキだと分かった」
「でも生で食べるとお腹を壊すから焼こうと思った」
「きっと焼いた方がこんがりして美味しいはずだから」
──恐怖でしかない。戦慄した。
生肉云々など言っていることは、ある意味では理にかなっていると言えよう。牛肉も豚肉も鶏肉も焼かなければ食べられない。
しかし今回の発言は、その対象が人間だ。改めてケーキとフォークの関係をまざまざと感じたというのは言うまでもないだろう。
こんがりして美味しい、ってなんだ。マシュマロじゃないんだぞ。
フォークじゃなくて良かった、何てことを思っていたが、
こうであるなら話は別だ。ケーキだと事件・事故の巻き込まれ確率と死亡確率が跳ね上がる。
こりゃ、ダメだ。生存戦略を立てねば、瞬く間に死ぬ。殺される。生き残るための行動を起こさねば。
──それを意識してからは早かった。
世界の追加要素に慣れないまま、若干の混乱を残したままの思考で過ごしていた結加理の頭が完全に切り替わった瞬間でもある。
一刻も早く生産系の会社に入社して、もしくは会社を立ち上げて研究と生産に力を入れる。そしてフォークが飢えない世の中という状態をキープする。これが、結加理の出したこの世界で生き延びるための大前提だった。ケーキ、フォークという性質によって害されず、生きるための。
しかし、たかが一般人の結加理が思いつくことを歴代の関係者、研究者が考えなかったかと問われれば答えは否。試した結果が今の世の中の現状である。上手くいくと思われたが破綻していた。
いつの時代も、どの世界にも、
甘い汁をすする連中や
生きやすい世の中になっては困る連中というのは存在しているようなので。
理不尽極まりない、狂気的な思考で家族を奪われた怒りや恨み。それが結加理の中に無いわけがない。しかしそれ以上に、生きていかなければならないのだから、という思いに突き動かされている。そして何より、自身と同じ思いをする人間が、これ以上増えないようにと。
……いや、そんな綺麗事など建前だ。
(食べ物認識される? いつ殺されるか分からない程に死が身近? そんなのまっぴらごめんだっての。たとえケーキに分類されようが、私は、人間だ。まともに生きさせろ)
行動の根底にあるのは、生まれ持った性質というだけで命が危ぶまれることに対する恐怖、焦燥。そして、この世界への鬱憤。
結局は己の為でしかないのだ。
■
幼いころから彼女は妙な人物によく好かれた。「ケーキ」というのを抜きにして、だ。
絶世の美少女という訳ではない。派手さなどどこにもない。多少見目は整っているとはいえ、むしろ普通寄りの容姿だ。
しかし、どこか目を引かれる。ちょっとした動作一つとっても滲み出るものがあるのだ。弓道や武道などで身に付いた美しい所作や姿勢、立ち振る舞いの所為か、不思議と他者の視線を集めてしまう人間だった。
若干垂れ目がちなせいか、気弱だと思われることも多々。まだ身近さを感じさせるため手を伸ばしやすいと判断されるのだろう。
少し強めに出れば折れるとでも考えているのか、結加理に絡んでくるのはやたらと変にしつこい輩が多い。
何もしていないというのに「誘うような目をしている」などとぬかす輩も居た。……いや、近年も時折出現するため現在進行形である。
更には、フォークの存在と悪意のない飢えは常に傍にある。
しかし只で被害を受けてやる程、結加理はお優しい性格ではなかった。逃げるために必要だとパルクールを、やむを得ず接近戦となった時のことを考え合気道を、精神統一のために弓道を習得。基本は逃げだが、どうしてもそれが叶わない瞬間がいつか来る。懸念材料は丁寧につぶしていくが吉。
こうして中学、高校の頃に動ける身体をつくり終えた。
──この頃に事件が発生してしまったのは避けられない事だったのだろう。
結加理は家族と死別したその後、親戚の元に身を寄せていた。その一家の父親にあたる人物が結加理の口座にある篠原家の遺産に手を付けていたことが発覚。しかもそのタイミングは彼女の大学受験シーズン。時期としては最悪である。
年数にして約十年近く。バレないようにと少額ずつ引き出していたせいで発覚が遅れたのだ。一度の引き落とし額が少額とはいえ、十年近くも頻繁にとなると総額は相当なもの。
しかし──
「「ケーキ」を預かってやってるんだから手間賃として引き出して何が悪い」
とは遺産を不当に引き落とした親戚本人の言である。
発覚した当初から警察と弁護士を介して事態を収めるまで一貫して変わらない。何も悪いことをしたとは思っていないのだ。他人の口座から勝手に金を引き出し、勝手に私利私欲のために使い込んでおいて。
不当に引き出された遺産の満額返還、慰謝料、その他細かい法的手続き。それらを警察と弁護士を間に挟んで行ったものの、当の男は本当に納得しているとは思えない態度だった。その姿に不安を覚えた結加理たっての希望で、接触禁止令も出してもらったことをここに明記しておこう。
なお、この一件で味覚障害に見舞われたが一時的なもので済んだのは幸いと言えよう。原因はストレスであることは明白であったため、原因を取り除けば回復に向かったのだ。この味覚障害を発症していた時期の経験もあって、余計に結加理がフォークの飢えに対して危機感を募らせたのは言うまでもない。
──なぜ味覚障害が火災に見舞われた過去に発症しなかったのか。
これについては、衝撃が大きすぎてあまりにも現実味がなかったため、様々な面で考えることやらなければならないことが山積みだったためだと自己解釈している。
そんなこんなで受験シーズンに厄介ごとが起きてしまったが、無事に切り抜けられたのは僥倖と言うべきだろう。
大学での最優先事項は知識と資格を身に着けること。経営学、栄養学、その他諸々。適度に遊びはしたが、自身がケーキであることも相まって外出は積極的には出来ず。それでも交友関係がそこそこ広げられたのは持ち前の人当たりの良さが為せたことなのだろう。
その大学時代にもフォークの来襲があったり、それを友人を通して知り合った後輩──萩原に助けられたり。逆に別件で萩原を助けたり、と色々あったのだが。多くは語らず割愛することにする。
将来について熟考した結果、大学院に進学することを決めたのだ。まさか自分が研究の道に進むとは全く考えていなかったのだが、必要に駆られてというやつだ。
中学の頃から「もしかしたら」という可能性に賭けて持ち歩くようにしていたものがある。
砂糖不使用の手作りのお菓子。
結果としては上々。結加理はこの賭けに勝った。血走った目でにじり寄ってきた相手の口に甘くないチェダーチーズクッキーを突っ込んだら泣かれたのだ。無意識のうちに発していたのであろう言葉と相貌でフォークだと判断したのだが間違っていなかったらしい。
──曰く、ちゃんと味がする、素材の味もする、と。
ケーキである人間は、その名称の通り甘いらしい。フォークにとっては、という限定的なものではあるが。
洋菓子、和菓子、果物、人によってそれぞれだという味。だが、それだけだ。結局は菓子のような味の領域を出ない。五味の内、塩味が主な場合は稀だろう。
だからこそ結加理は「砂糖不使用の菓子を持ち歩く」という賭けに出た。そしてその賭けに勝った日以降、肌身離さず持ち歩くようになったというのは言うまでもないだろう。もはやお守りのようなものだ。いや、身代わりというべきか。
フォークはケーキの人間の皮膚、体液、肉体、つまり身体全てを甘く感じるという。
ならば、ケーキである人間が素手で作った料理や菓子は、どうなるのか。ケーキ本人の味しかしないのか、材料の味も感じられるのか、濃さはどう感じるのか。作った本人である結加理はケーキであるが故に分からない。
しかも判定結果にはムラがあった。甘さ以外の味と素材の味を感じたと答えるフォークも居れば、甘いだけと答えるフォークも居る。
ケーキの何が味覚を感じる部分に反応するのか。他の味覚も感じられる時の条件は何なのか。全く持って分からない。フォークに聞いてみても首を傾げられるだけ。
だから、大学院へと進み研究に身を費やす決意をしたのだ。必然的に就職は先送りに。
そもそも結加理の思想と提案を受け入れてくれそうな企業がないのだ。変人、もしくは狂人の扱いを受けて終わる。想像は容易だ。
だからこそ起業を中心に考えていた。ケーキとフォークについての専門的知識を身に着け、資金をどうにかしてからの発足。そのため大学院を卒業してすぐに起業する道は早々に消えている。
それか、このまま研究の道一本で進む。このどちらかだ。ただ正直、結加理はまだ迷っている。身の安全という点で決めかねている。
結加理の「ケーキ」としての匂いに引き寄せられた限界フォークから逃げられない場合、その口に食べ物を突っ込み、怯んだ隙を狙い足払いを掛ける。
この一連の流れは数年間絶えることなく続けられている。裏を返せばそれだけ襲撃を受けているということだ。頻度としては多くはないが少なくも無い。
味を感じられる菓子を久々に食べたフォークの反応は大きく分けて二つ。
ある程度の「食欲」が満たされた後そのまま泣き、フォークではなくなったと勘違いし大喜びする。もしくは泣きながら味がするのは何故かと問いかけてくる理性的なパターン。前者の場合はぬか喜びでしかないため再度泣くのだが。
そして、手作りの菓子で味がするなら、本人を食べたらどれ程美味しいのだろうと逆に襲ってくる、もうすでに手遅れなパターン。
例えどちらであっても結加理は気が抜けない。命の危機に曝されることになど、慣れるわけがない。
味覚障害からの摂食障害を起こし、空腹の限界を超えた理性を失っているフォークの共通点。艶のない肌、乾燥した唇、そしてギラギラと獲物を見る肉食獣のような瞳。
血走った目で迫りくるフォークと対峙するたび血の気が下がる。指先が冷え切って僅かに震える。相手の一挙一動に過敏なまで意識を向けざるを得ない状況が続き、心身ともに疲弊する。それでも、対処できなければ命を奪われる可能性が大きいのだ。無理やり自身を奮い立たせてでも立ち回らなければならない。
近くに頼れる者が居ない時、警察を呼ぶ余裕すらない時、それはいつか必ず訪れる。
そうなれば己だけで対処しなければならない。だがそれには常に「限界」という文字がついて回る。個人で出来ることなど限られているのだから。
世界が変われ。世界の考え方が変われ。
結加理は自身が「ケーキ」だと知った日からそう願っている。自分は食べ物じゃない。人間だ。そう過ごさせない環境を整える手段は少なからず存在しているのではないか。
──しかし、願い続けても変わることはなかった。
だから、結加理が自分で変える他ないのだと思った。それは実家に放火された数日後から変わっていない。
自身の身代わりのようにフォークにとって味を感じられる食べ物を突き出すなど、結局はその場しのぎの行動でしかない。
襲ってきたフォークは警察に突き出しはするものの殆どが後日また突撃してくる。理性を取り戻した状態ではあるが、再び味を感じられる食べ物を求めて。腹をすかせた厄介な野生動物に餌付けしてしまったようなものだ。そんな現状に、周囲には正気を疑われることだってある。
味を占めたフォークに付け狙われ、ケーキであると周知されたがゆえに様々な方面から利用価値があると狙われ、時に危険思想の持ち主であると警戒され。
それでも彼女は、抗いながらもこの世界を生きている。
これが、篠原結加理の歩んできた人生の軌跡。その一端である。
2023/5/10/
元々一話目というか冒頭予定だった内容。長すぎるので順番変更した結果ど真ん中に。
本編の設定とほぼ似たような感じだけど、地味に違う点が多々。
2023/9/6/支部にも投稿しました。
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